ジョン・ダンから同時代人シェイクスピアを読む 

 

<森通信>連載に当たって―前口上にかえて―

シェイクスピアの戯曲37作品を原書で全部還暦を迎えるまでに読破しようと決心したのは、48歳の年男を迎えた新年(1994年)のことだった。

その年に、現在の<雑司が谷シェイクスピアの森>の前身<原書で読むシェイクスピアの会>に入会し、最初に読んだのが『ヴェニスの商人』だった。還暦までに全作読了という目標を立てていたので、例会での会読以外に独自に別の作品を並行して読むということを続けてきた。還暦までに読了という目標は達せられなかったが、残すところ数作品というところになって後があまり進まないのが実情である。その理由としては、残った作品への興味が薄いということもあるが、会読という形態で読んでくると一人で読むより数倍も楽しいことから、このところは会読中心になっている。

シェイクスピア以外にも、英語で詩や小説を並行して読んでいたが、8年ほど前(2004年)に、岩波文庫から湯浅信之訳の『ジョン・ダン詩集』の第2刷(第1刷は1995年)が出て、以前から関心のあったダンを本格的に読むようになった。ペンギン・クラシックから出ているA. J. Smith編纂のジョン・ダン全詩集を手に入れ、何度か読むうちに手書きで自分のための翻訳を全部やってみた。本格的な全訳を手掛けている今から見直すと、誤訳や初歩的誤解など多くあるが、それでも今の翻訳を進めるに当たってはずいぶん助けになっている。

ダンの詩を訳していて気付いたのがシェイクスピアの作品の中の台詞とそっくりな語句によく遭遇することであった。思えばシェイクスピアとダンはほとんど同時代人である。

シェイクスピアは1564年に生まれ、1616年に亡くなっている。ダンは1572年生まれで、亡くなったのは1631年である。シェイクスピアがソネットを書いていた1590年代、ダンも詩を書き始めている。

ダンの詩とシェイクスピアの作品に同じような語句があるというのは、ルネサンス人として二人に限られたことではなく、当時の一般的な考え方にも相当するものであるかも知れないが、逆に言えば、二人の共通性を通してルネサンス当時の思想、思考というものが伺い知れるということでもあろう。

シェイクスピアとダンを直接結びつける資料はない(浅学のため確かなことは知らない)が、二人を知る同時代人にベン・ジョンソンがいる。

ダンはリンカンズ・インの学生時代にかなり劇場に通っていた形跡があるのは、彼の詩からも伺える。

ダンがシェイクスピアの作品を観たことがあると伺わせるものが1600年頃のヘンリー・ウォットンあての手紙の中にあって、その中に女房の尻に敷かれたアルンデル伯爵に関連してペトルーチオという名が出てくる。周知の通り『じゃじゃ馬ならし』の主人公であるが、アルンデル伯爵はペトルーチオの対極の人物として触れられている。逆説、風刺を好んだダンらしい皮肉である。

この連載を通じてダンの詩をから、シェイクスピアを再発見する喜びと興味を紹介できたらと思っている。

 

 

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