ロバート・カー卿への献辞
閣下、
貴下におかれましては、私がどんな詩が書けるかということより、貴下が私に対し 何ができるかを試されたいのではないかと思います。貴下は私の詩が最盛期であった時の私の限界をご存知であり、その頃ですら、私は、主題に対する誠心の最も少ない時に最も優れた詩を書いたものでした。今回の場合、あまりにも多くの誠心にあふれていますので、どんな詩も書くことができません。ですから、この紙片をどんな名前で呼んで下さっても構いません。それが彼の人や、貴下や、私にとって値しないものであれば、葬り去って、生贄として下さい。彼の人の亡骸に付き添ってスコットランドに赴き、そこで説教することを、貴下が私にご命令されていたら、もっと迅速にその義務をお受けしていたでしょう。しかし、私が気乗りしないことであっても、貴下がご命令されたことに感謝します。と申しますのは、貴下に服従するという栄誉の色合いを与えて下さいましたので。
閣下の貧しい友人にしてイエス・キリストにおける僕
ジョン・ダン
あなた方のところへ今昇っていった魂は、(注:1)
これまであった階層に加わったのか、それとも新たな階層を作ったのか、
天国に以前からあった名前を付けてもらったのか、
それとも独自の名前を得て、天国にこれまであったものとは異なる
序列をもらったのか。(一人一人の天使が
それぞれ個別の種類であるとすれば、
彼もそうあって然るべきだ)。天国では、彼が加わることで
序列が増えても、我々のところはそうではない。
あなた方の序列は、彼の到着によって大きくなったが、
我々の序列は、彼を失って小さくなった。
父親、主人、友人という呼び名や、
家臣、王様という呼び名から、一人が欠けたのだ。
陽気な歓楽は消沈し、会話は暗いものとなった。
王室は未亡人となり、ガーターも緩んでしまった。(注:2)
礼拝堂は耳を欠き、議会は口を欠いた。
物語は主題を欠き、音楽は歌を欠いた。
彼を加えた序列に祝福あれ。彼を失った
地上の序列はみな壊疽に罹って、すべてが手足を失くした。
肉体がこれほど急いで魂の何たるかを
示そうとしたことはこれまでなかった。これまでの美しい容姿は、
魂が去ってしまうと、一瞬のうちに逃げ出したが、
その美を失った後、二度と美を求めなかった。
我が国の修道院が倒れた時も、(注:3)一瞬にして
小さな家ほどもない、瓦礫の山と化したものだった。
美しい形相をまとっていた肉体を
形相の天球(注:4)へと送り出し、(彼の魂が
墓石を満たすことになる前に)
復活を先取りしたのだった。
というのは、彼の魂は名声となってこの地上に残り、
彼の肉体は魂の形相となって天国にあるからだ。
美しい魂よ、最初の汚れなき者と一緒に
留まることができなくても、悔い改めた者とは共にいることはできる。
(あの汚れのない子羊の血で真っ赤に染まっている私に、
あえて尋ねる者がいるだろうか、
その色は、今は真っ赤だが、昔は
人の目には黒か、白く映っていたのかと)
今ここに残された多くの友人たちの間に
見出す罪がどういうものかを思い出し、
彼らに劣らず罪人である者たちが、悔い改めることで
あなたと共にそこへ行くことを許されるのを見る時、どうか、
すべての人がそこに来て、清められることを願って下さい。
男はダヴィデに、女はマグダレンになれるようにと。(注:5)
【訳注】
ジェイムズ・ハミルトン侯爵は、スコットランドやイングランドの宮廷での輝かしい経歴の最盛期に、1625年3月2日に36歳で亡くなった。ダンは当時セント・ポール寺院の司祭であったのでこの詩を書くつもりはなかったが、彼の古くからの友人ロバート・カー卿のたっての依頼でやむなく書くことになった。この詩はダンにとって最後の詩といわれている。
注:1 「あなた方」は、特には聖者たちのことを指し、一般的には天使を指す。
注:2 「ガーターも緩んだ」とは、1623年にガーター騎士団の一員となったハミルトン卿が欠けて、まとまりがなくなったという意味。
注:3 ヘンリー8世の治世下の1530年代後半、イギリスの修道院は王の命令ですべて取り壊された。
注:4 「形相の天球」は、地上における肉体の理想的形相が、物質的肉体の復活を待つ天の領域。
注:5 ダヴィデとマグダレンはともに悔い改めた罪人。ダヴィデは王の権力を使ってバテシバの夫を殺し、彼女を自分のものにした(『サムエル記下』11章)。マグダレンは罪人であったが、イエス・キリストの足を自分の涙で洗い清めた(『ルカによる福音書』7章2節)。
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