3 ブルストレッド嬢の死を悼む挽歌  ダンの部屋トップへ戻る

 

死よ、撤回しよう。あんなことは注:1言わなかったと。

つい口が滑って、おまえを貶めるようなことを。

それは霊魂の反逆、無神論となってしまう、

誰もがおまえの召喚を拒絶できるといえば。

大地の表面はおまえの食卓であり、そこには

植物、動物、人間が、死の食膳として用意されている。

死はいま、貪欲な空腹を満たそうと何百万という人たちを

血腥い、疫病の、飢えた顎に銜え込もうとしている。

遠慮して控えるかと思えば、大食を重ねて、

最後まで残しておくべき最良の人を最初に食らっている。

手当たり次第に襲っているが、我々を残して、

友人たちを奪い、我々を徐々に腐らせていく。

死は、この大地のものだけでは飽き足らず、海の底深く沈む。

そこでは害のない魚が修道院のような沈黙を守り、

死が(死がもし死ねば)生きた砂のような魚卵によって、

その元素注:2を吸い取って、陸地と変えるだろう。

死は、空中を駆けまわり、天国の合唱隊である小鳥たちの

讃美歌をぶち壊し、美しい喉笛をかき切り、

小鳥たちは(もし死ななかったなら)

天使の階級注:3で十番目の地位を占めていただろう。

ああ、手強くて、長生きする死よ、おまえはどのようにして来たのか。

造られることなくして、どうして生まれたのか。

おまえは四大王朝注:4が滅ぶのを見てきたし、おまえが死ぬ前には、

キリストの敵注:5が死ぬのを見るだろう。

どうしておまえを無と考えることができよう、こうして見れば、

この世のすべてのものが、おまえを除いて、すべて無に見える。

我々の誕生と一生、悪徳と美徳は、

無意味な消耗であり、おまえの程度の問題に過ぎない。

我々は生きるために鞴(ふいご)を吹き、息をする、

死すべきもの、死につつあるもの、死んだものだけでなく、死そのものである。

ああ、力強い猛禽よ、おまえは

神に飼い馴らされているので、おまえが殺したものすべてを

神の足下に置かねばならないが、神は

わずかを自分に残し、あとのほとんどをおまえに与える。

そのわずかなものの中から一人を選んで倒したが、

おまえの加えた一撃でその人は、我々のものでも、おまえのものでもなくなった。

彼女はもっと高い処にいた。彼女の魂に手を出すには

望みがなかったので、おまえは彼女のもっと低い部分注:6を狙った。

彼女の魂は王様であり、肉体は宮廷であった。

おまえは城の主注:7も、城も、ともに取り損ねた。

王様が去っても、その館は崩壊しないように、

聖者の肉体は、天上で魂と再会するのを待っている。

死が魂と肉体の間に割って入るのは、

罪が正しい人と神の恩寵の間に入り込むようなもので、

二つは別れ別れになっても、離婚したわけではない。

彼女の魂は、彼女の亡骸を天国に導くために去った。

その肉体は、ほとんど別の魂となるほどに、天国での

肉体は、地上の最良の魂よりも純粋だからである。

彼女のなかで、彼女の美徳が彼女の年齢より先に行ったからといって、

死よ、競争心の強いおまえが、同じように、

若くして彼女を死なすのは、おまえの損失ではないのか。

害をなしがちな美と叡智の代価は、失わねばならないのか。

おまえは彼女が青春の罪に対して耐え得るとでも思ったのか。

ああ、歳を重なればそれなりの罪を追い求めるものだ。

待っていれば、もっとましなものを掴んでいただろうに。

歳をとれば、彼女も野心的で、貪欲になっていた

かも知れない。それに信仰心も

いつかは迷信に道を踏み外していたかも知れない。

彼女の美徳がすべて育ったとしても、

溢れる美徳が傲慢な喜びを育んでいたかも知れない。

たとえ彼女が正義を守っても、彼女が罪を犯すという

誤った考えを抱いて、罪を犯す者が現れたかも知れない。

彼女の友情を恋愛と呼び、

社交的な愛想の良さに、汚名を被せる者もいただろう。

また、誘惑によって、あるいは、そこまでしなくとも、

はっきり言わないまでも仄めかすことで、罪を犯す者もいただろう。

そうすれば、おまえはもっと多くの魂を殺せたはずだ。おまえが

自分の邪魔をせず、おまえの軍勢から勝利を奪うようなことをしなかったら。

これらの道が失われても、おまえには残された道が一つある。

それは、我々が彼女の死を嘆き過ぎることだ。

だが、我々はどれだけ嘆いても、罪から逃れることができ、

我々の涙が当然であるのは、我々が彼女に及ばないからだ。

彼女の死が、固く結ばれた友人たちに、涙を流させるのは、

人の輪は失われていなくとも、その鎖が断ち切れられたからである。

 

 

【訳注】

セシル・ブルストレッド(或いはセシリア・ブルストロード)嬢は1584年生まれ。ベッドフォード夫人の従妹で、1609年8月4日、トィックナム・パークのベッドフォード夫人の邸で25歳の若さで亡くなった。

 

注:1  「あんなこと」とは、ダンの宗教詩の中の『神に捧げる瞑想』10章の冒頭句、「死よ驕るなかれ」を指すという説が有力である。

注:2 「その元素」とは、四元素のうちの水、すなわち海水のこと。

注:3 天使の階級は三つのグループに分けられ、その中にまた三つの序列があり、全部で九階級ある。

注:4 四大王朝とは、バビロン、ペルシア、ギリシア、ローマを指す。

注:5 キリストの敵とは、初期キリスト教徒が、キリストの再臨前に出現するとした、キリストの対立者
(『ヨハネの手紙1』2章18節)

注:6 「もっと低い部分」とは肉体のこと。

注:7 「城の主」とは王様、すなわち魂であり、「城」は宮廷、すなわち肉体のこと。

 

 

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ジョン・ダン全詩集訳 挽歌と葬送歌