死よ、撤回しよう。あんなことは(注:1)言わなかったと。
つい口が滑って、おまえを貶めるようなことを。
それは霊魂の反逆、無神論となってしまう、
誰もがおまえの召喚を拒絶できるといえば。
大地の表面はおまえの食卓であり、そこには
植物、動物、人間が、死の食膳として用意されている。
死はいま、貪欲な空腹を満たそうと何百万という人たちを
血腥い、疫病の、飢えた顎に銜え込もうとしている。
遠慮して控えるかと思えば、大食を重ねて、
最後まで残しておくべき最良の人を最初に食らっている。
手当たり次第に襲っているが、我々を残して、
友人たちを奪い、我々を徐々に腐らせていく。
死は、この大地のものだけでは飽き足らず、海の底深く沈む。
そこでは害のない魚が修道院のような沈黙を守り、
死が(死がもし死ねば)生きた砂のような魚卵によって、
その元素(注:2)を吸い取って、陸地と変えるだろう。
死は、空中を駆けまわり、天国の合唱隊である小鳥たちの
讃美歌をぶち壊し、美しい喉笛をかき切り、
小鳥たちは(もし死ななかったなら)
天使の階級(注:3)で十番目の地位を占めていただろう。
ああ、手強くて、長生きする死よ、おまえはどのようにして来たのか。
造られることなくして、どうして生まれたのか。
おまえは四大王朝(注:4)が滅ぶのを見てきたし、おまえが死ぬ前には、
キリストの敵(注:5)が死ぬのを見るだろう。
どうしておまえを無と考えることができよう、こうして見れば、
この世のすべてのものが、おまえを除いて、すべて無に見える。
我々の誕生と一生、悪徳と美徳は、
無意味な消耗であり、おまえの程度の問題に過ぎない。
我々は生きるために鞴(ふいご)を吹き、息をする、
死すべきもの、死につつあるもの、死んだものだけでなく、死そのものである。
ああ、力強い猛禽よ、おまえは
神に飼い馴らされているので、おまえが殺したものすべてを
神の足下に置かねばならないが、神は
わずかを自分に残し、あとのほとんどをおまえに与える。
そのわずかなものの中から一人を選んで倒したが、
おまえの加えた一撃でその人は、我々のものでも、おまえのものでもなくなった。
彼女はもっと高い処にいた。彼女の魂に手を出すには
望みがなかったので、おまえは彼女のもっと低い部分(注:6)を狙った。
彼女の魂は王様であり、肉体は宮廷であった。
おまえは城の主(注:7)も、城も、ともに取り損ねた。
王様が去っても、その館は崩壊しないように、
聖者の肉体は、天上で魂と再会するのを待っている。
死が魂と肉体の間に割って入るのは、
罪が正しい人と神の恩寵の間に入り込むようなもので、
二つは別れ別れになっても、離婚したわけではない。
彼女の魂は、彼女の亡骸を天国に導くために去った。
その肉体は、ほとんど別の魂となるほどに、天国での
肉体は、地上の最良の魂よりも純粋だからである。
彼女のなかで、彼女の美徳が彼女の年齢より先に行ったからといって、
死よ、競争心の強いおまえが、同じように、
若くして彼女を死なすのは、おまえの損失ではないのか。
害をなしがちな美と叡智の代価は、失わねばならないのか。
おまえは彼女が青春の罪に対して耐え得るとでも思ったのか。
ああ、歳を重なればそれなりの罪を追い求めるものだ。
待っていれば、もっとましなものを掴んでいただろうに。
歳をとれば、彼女も野心的で、貪欲になっていた
かも知れない。それに信仰心も
いつかは迷信に道を踏み外していたかも知れない。
彼女の美徳がすべて育ったとしても、
溢れる美徳が傲慢な喜びを育んでいたかも知れない。
たとえ彼女が正義を守っても、彼女が罪を犯すという
誤った考えを抱いて、罪を犯す者が現れたかも知れない。
彼女の友情を恋愛と呼び、
社交的な愛想の良さに、汚名を被せる者もいただろう。
また、誘惑によって、あるいは、そこまでしなくとも、
はっきり言わないまでも仄めかすことで、罪を犯す者もいただろう。
そうすれば、おまえはもっと多くの魂を殺せたはずだ。おまえが
自分の邪魔をせず、おまえの軍勢から勝利を奪うようなことをしなかったら。
これらの道が失われても、おまえには残された道が一つある。
それは、我々が彼女の死を嘆き過ぎることだ。
だが、我々はどれだけ嘆いても、罪から逃れることができ、
我々の涙が当然であるのは、我々が彼女に及ばないからだ。
彼女の死が、固く結ばれた友人たちに、涙を流させるのは、
人の輪は失われていなくとも、その鎖が断ち切れられたからである。
【訳注】
セシル・ブルストレッド(或いはセシリア・ブルストロード)嬢は1584年生まれ。ベッドフォード夫人の従妹で、1609年8月4日、トィックナム・パークのベッドフォード夫人の邸で25歳の若さで亡くなった。
注:1 「あんなこと」とは、ダンの宗教詩の中の『神に捧げる瞑想』10章の冒頭句、「死よ驕るなかれ」を指すという説が有力である。
注:2 「その元素」とは、四元素のうちの水、すなわち海水のこと。
注:3 天使の階級は三つのグループに分けられ、その中にまた三つの序列があり、全部で九階級ある。
注:4 四大王朝とは、バビロン、ペルシア、ギリシア、ローマを指す。
注:5 キリストの敵とは、初期キリスト教徒が、キリストの再臨前に出現するとした、キリストの対立者
(『ヨハネの手紙1』2章18節)
注:6 「もっと低い部分」とは肉体のこと。
注:7 「城の主」とは王様、すなわち魂であり、「城」は宮廷、すなわち肉体のこと。
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