高木登 観劇日記2021年別館 目次ページへ
 
    Bow 第14回公演 『煙が目にしみる』            No. 2024-012

 最後の大詰めの場面は、感動と涙の高揚感で胸がいっぱいになった。
 『煙が目にしみる』は、これまでにも加藤健一事務所やその他の公演で何度か観てきたが、今回久し振りに見て、一つ一つの場面に懐かしさを感じながらドラマの中の出来事を追認していくように観劇したのだが、ストーリーは分かっていても新たな感動にひたることができた。
 今回特に感じたのは、主役はもちろんであるが、登場人物の一人一人にドラマがあり、全員が主人公であることを感じさせたことであった。脚本の面白さがあってのことであるが、それを演じる俳優たちの演技とアンサンブルの面白さでもあった。というのは、この公演は、Rare、Medium、Welldoneという異なるメンバーによる三組が各々8ステージずつの上演形式となっており、自分が観たのは最初のRareの千穐楽であった。
 今年は、近年としては珍しく桜の開花が遅く入学式シーズンに満開と重なったが、先日の激しい風雨でほとんど散ってしまい、この劇の冒頭シーンにとっては惜しまれることであった。
 この劇の始まりは桜の時期で、経帷子を着た二人の人物、野々村浩介と北見栄治が、その桜の花びらを散るのを眺めながら、「桜を見るのも今年が最後になる」と感慨深げに話している。死者がこのように会話を交わすところから始まるところからしてこの劇のユニークさがあるが、死んだ人間と生きた人間たちの小さなドラマが笑いを誘いながら展開していく。
 70歳を過ぎた野々村浩介の母、野々村桂はボケ始めて認知症の疑いがあるが、その彼女だけに死者が見え、話を交わすことができる。そのことから、後半部ではこのおばあちゃんが主役となって来て場面を盛り上げていく。
 おばあちゃんを通して野々村家と北見家の家族の小さなドラマ、家族の歴史を垣間見せていくことになる展開にサスペンス的な面白さがあり、その謎めいた秘密が解けていく段階で、驚きと感動がないまぜとなって涙を誘う。
 「いたこ」となったおばあちゃんを通して、浩介の妻礼子は夫への思いをぶちまけ、自分より早く若死にしたことを恨み、その愛情の気持が頂点に達したところで、「浩介のバカヤロー」と叫ぶ。それにつられて浩介の息子亮太、娘の早紀も「バカヤロー」と叫ぶ。その感極まった気持が伝わってきて思わず涙がにじみ出る場面である。
 野々村浩介の葬儀は親族他大勢が集まっているのに対し、北見栄治の葬儀は彼の娘幸恵と、レンタルビデオの店主だけという淋しいもので、レンタルビデオの店主という意外な参列者にも栄治のドラマが織り込まれているという複層した展開の面白さに引き込まれていく。そのすべての引き出しを開ける役目がちょっとぼけかけた「おばあちゃん」野々村桂で、笑いと感動と涙を引き出す役目となっている。
 この葬儀を通して、離れていた家族が「一族再会」となる場となり、最後は二人の死者も入って、北見家、野々村家両家が一緒になっての記念撮影で終る。
 Rare組の出演者は、北見栄治に鈴木吉行、その娘幸恵に藍梨、栄治の恋人あずさに樋田梨穂、野々村浩介に黒田子竜、野々村の妻礼子に田中香子、おばあちゃんに内田尋子、浩介の娘早紀に馬場宇凰、息子亮太に阿南天尋、浩介のいとこの夫婦、原田正和と泉に望月亮佑と赤阪茉莉華、レンタルビデオの店主牧に久島勇、斎場の管理人に庄田侑右。
 上演時間は、休憩なしで1時間30分。
 面白うも、おかしく、感動に涙する満足の舞台であった。


原案/鈴置洋孝、脚本/堤泰之、演出/桒原秀一
4月14日(日)13時開演、荻窪・オメガ東京、チケット:4500円、全席自由

 

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