高木登 観劇日記2021年別館 目次ページへ
 
   劇団モンスーン 第20回公演 『PROTECT』          No. 2024-008

 学校のいじめ問題と高齢者の運転による交通事故とを結びつけた社会ドラマ。
 春休みに新年度から6年生の担当になる教師たちが呼び出されて保護者会が催される。副担当の中川先生が、開演時、観客に向って保護者会が間もなく始まりますからしばらくお待ちくださいという言葉によって、われわれ観客も保護者となって参加して考えさせられるドラマとなって展開していく。
 少子化現象で余った教室が、体育館で使用される備品が物置代わりに置かれている教室に、二人の教師が入ってくる。一人は新しくこの学校に赴任してきた教師の和田先生で、何の目的で召集されたのか事情も分からないまま、落ち着かない状態のなか、もう一人の教師、倉田先生の取り留めない話にあいづちを打って聞いているところから始まっていく。
 春休みの間に5年生の生徒二人が相次いで事故で亡くなる。最初は立ち入り禁止となっている古いビルの屋上から足を踏み外して転落死した児童、そして今一つは、高齢者がブレーキとアクセルを踏み間違えてその同じクラスの児童が事故死する。警察の調査ではどちらも事故扱いとなっているが、春休み中の不祥事ということで急遽保護者が集められることになる。
 ところが保護者会の始まる直前になって、その児童の担任がその二つの事故が事故ではないと言い出すことで舞台は深刻な展開となっていく。
 児童の転落死は事故ではなく、いじめによる自殺だと言うのだ。仲のよかったグループの児童の両親が感染症で相次いで亡くなり、近くに住んでいた祖父のもとに引き取られる。その児童は仲のよかったグループの児童から「学校に来るな」といじめを受けるようになるが、教師の注意で表向きは収まっていた。この感染症の脅威は新型コロナウィルスの初期の流行の時を思い出せばよく理解できる。正体不明の感染症で、一旦感染すると致死率が非常に高く恐れられていたのはつい3年前のこと。
 交通事故に遭った児童はそのいじめのグループの一人で、事故を起こした高齢者は転落死した児童の祖父で、事故の前日に旅行を理由にレンタカーを借りていたが、旅行の準備は全くなされていなかった。
 事故を起こした祖父を拘置所に訪ねた児童の担任であった蜂谷先生と松田先生が、祖父の「後の事は頼みます」という言葉と、孫の葬式の時の祖父の表情から、二つの事故が事故でなく自殺と殺人と思われるようになり、保護者会の直前にそのことを校長に訴え、事態は紛糾していく。
 「学校に来るな」といういじめのグループを注意した蜂谷先生は、注意している自身が、両親が感染症で亡くなった児童に、学校に来てほしくないと思っていながら、いじめグループに注意したことの自責の念から、学校をやめると言い出す。この教師の気持も、感染症流行の初期を知っている我々にはよく理解でき、同感されることであった。
 保護者会を前にしての突然の話に、新年度から新たに教頭になった桜井教頭は、警察では事故として処理され終わったことだと何事もなかったように収めようとするが、転任してきた和田先生がそれを阻止して、話をもっと聴こうとする。和田先生は、前任の学校でいじめ問題があり、それを丸く収めようとした学校側に逆らったことで転勤させられることになったことが明らかにされる。
 話は端折るが、教頭と同じく新年度から新たに校長となった瀬戸校長は、自分が責任をすべて負うから、保護者会ではその場で話されたことをありのままに伝えようというところでその話し合いは落ち着く。
 いま、学校で起こっていることのありのままの姿を見せられるようなドラマで深刻な気分と、そうあって欲しいような理想的な終わり方、つまり校長がすべてをありのままに話すということは、実際の現場ではまずあり得ないというギャップの社会問題、教育問題を提供していて、深く考えさせられる劇であった。
 冒頭に登場してきて話を交わす、和田先生役の菊地真之と倉田先生役の霍本晋規が好演。最初のうちはじっと黙って話を聞く瀬戸校長に鈴木貴大、ことなかれで済まそうとする桜井教頭にしずく、児童の担任であった蜂谷先生に小島亜梨沙、松田先生に新上貴美、保護者会の受付担当の中川先生に、この劇の作者であり演出の栗原智紀。
 上演時間はわずか70分足らずであったが、演劇関係者だけでなく、教育現場に携わる関係者にもぜひ見てほしい舞台であった。


作・演出/栗原智紀
2月24日(土)14時開演、池袋・シアターグリーン BASE、
チケット:3000円、全席自由

 

>>別館トップページへ