高木登 観劇日記2021年別館 目次ページへ
 
   名取事務所・現代韓国演劇上演 『509号室-迷宮の設計者』    No. 2024-007

 重苦しい舞台であった。
 開演に先立って、この劇の翻訳者のシム・ヂヨンによるマエセツで、劇の時代背景やタイトルとなっている509号室の建物の設計者に関しての解説がなされた。
 劇の時代は、1975年、1986年、そして現在の2020年が交錯して展開される。
 1975年は、朴正煕(パク・ジョンヒ)大統領、1986年は全斗煥(チョン・ドゥファン)大統領の時代。
 509号室は、パク大統領の時代の1976年にソウルのナミョンドンに建てられた「対共分室」と呼ばれた建物で、拷問に適していることから「悪魔の機械」という異名を持っている。また、一度入ったら二度と出てくることが出来ないことから、ダイダロスがミーノース王の為に造られた「迷宮」に擬せられている。
 その「対共分室」が現在は民主人権記念館として残され、ドキュメンタリー監督のナウン(森尾舞)が訪問し、記念館の解説員ユン・ミスクに建物を案内してもらう。
 その案内を受ける合間に、かつてこの建物の中で拷問を受けた大学生の情景や、この建物を設計したと言われる韓国現代建築の先駆者と称えられる建築家の設計事務所の場となって、この建物が設計されるに至る経緯が交錯して演じられる。
 この建物がその高名な建築家によって実際に設計されたかどうかは不明であるが、その特徴から現在ではほぼその建築家による設計であるとされている。しかし、ナウンはミンスクがこの建物を拷問の為に使用されることを分かっていて設計していると断定的に説明することに疑問を呈する。
 舞台ではこの高名な建築家は一切登場せず、そのアシスタントであるヤン・シンホ(西山聖了)が治安本部の幹部(山口眞司)の執拗な強制によってかかわっていくようになる。そのことで、この建物が高名な建築家によって設計されたかどうかの真実を曖昧なままにする。
 建物の構造から解説員のミスクは、建物自体が拷問のために設計されたものであると断定的に語るが、ナウンはそのことにも疑問をはさむ。ナウンはミスクがあまりに断定的にその建物を拷問のために設計されたことを強調することから、彼女はそこで殺された大学生ソン・キョンス(松本征爾)の恋人であったのではないかと思うようになる。
 朴大統領の韓国の暗い時代が、自分がこれまで生きてきた時代と重なって、その時代の韓国の断片的イメージが思い起こされ、身近に感じさせられた劇であった。
 出演は、他に治安本部の警察と建築家のアシスタントの二役を演じる山田定世と紙谷宥志を含め、総勢7名。
 上演時間は、1時間35分。


作/キム・ミンジョン、翻訳/沈池娟(シム・ヂヨン)、演出/眞鍋卓嗣
2月19日(月)14時開演、下北沢・小劇場B1、
チケット:(シニア)3500円、座席:D列5番

 

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