高木登 観劇日記2021年別館 目次ページへ
 
 「語り・歌・ライアー」 第29回 鬼京芋孫(ききょううそん)ひとり舞台、 異界からの誘い
     安房直子作、『海の口笛』、『ライラック通りの帽子屋』    
No. 2024-006

 1か月前の条田瑞穂の詩の朗読会で、この名曲喫茶ヴィオロンで久し振りに鬼京芋孫に会って、この公演を知った。鬼京芋孫が出演する舞台は観たことがあるが、彼が得意とするライアーについては何も知らなかったので、よい機会だと思って参加した。
 ライアーなる楽器をはじめて目にした。小さな竪琴のような楽器である。他の参加者からもこのライアーについて質問があったことから、開演に先立ってこの楽器について簡単な説明があった。
 ライアーそのものはリラと呼ばれていた古代ギリシアの竪琴で、現在のライアーはそのドイツ語名が示すように、シュタイナー教育のために百年前に作られ、教育や、治療のために使用された楽器であったという。
 安房直子の名前も初めて聞く名前であったが、1943年に生まれ、1993年に50歳で亡くなった児童文学作家ということであった。ウィキペディアで調べると、随分多くの作品を残している。
 今回、その安房直子の「異界からの誘い」の中の作品を、ライアーとの弾き語りを聴いて大いに興味が湧き、一度読んで見たくなった。
 ライアーとの弾き語りは、鬼京芋孫の独特な声での語りの調子で、琵琶法師の語りもこのようなものであったかと思わせるものがあり、まさに異界へと誘われていった。
 彼の普段の声とは異なり、一種鋭角的な高音の響きを持った語り口で、ライアーの演奏と調和して、深い海の底に誘い込まれていくような、夢の世界に入っていくようで、途中、知らず知らずのうちに眠りに陥ってしまった。
 安房直子の作品そのものが幻想的でもあるせいである。アンデルセンの童話の世界でもあるようであって、大人の文学でもあると思った。
 『海の口笛』は、布地のどんな小さなかぎあなでも直してしまうというかけはぎの名人の話で、そのかけはぎ屋のところに、あるとき、頭からつま先までぐっしょりと濡れた男が現れ、非常に薄い絹の布地にあいた、ごくごく小さな穴を直してくれと言う。男は直ったころにまたやって来ると言って、口笛を吹きながら海の方へと去っていく。布地の穴は小さいだけでなく、布地が余りに薄くてかけはぎ屋には無理に思われ、その仕事を断ろうと思ったが、そのかぎあなを覗いてみると、広々とした海が広がっていて、そこから小さな魚が飛び跳ねてきた。かけはぎ屋はその魚を捕まえて料理して食べるとあまりのうまさに、毎日そのかぎあなから魚を捕まえては食べていたが、そのうちに一時に多くを捕まえたいと思って、ごくごく細い糸で網を拵え、その網をかぎあなからそっとおろすと、たくさんの魚が入って来たが、網を引き揚げることは出来ず、かけはぎ屋は網とともにそのかぎあなから海へと落ち込んでしまう。そして、後には、あの男の口笛が聞こえてくるという話。
 『ライラック通りの帽子屋』は、自分の好きな帽子しか作らないという帽子屋の話で、いつもトルコ帽を作っている。その帽子屋のところに、あるとき羊が訪ねてきて、自分の毛を刈ってそれで出来るだけ多くの帽子を作ってくれという。それで帽子屋は自分の好きなトルコ帽を作るが、最後の方はその幻想的な話でいつの間にか睡魔に襲われ、結末の話を聞き逃してしまった。
 まさに異界の世界への誘いの至福の時間であった。
 2作品併せての語りは、途中休憩をはさんで2時間。この日の参加者は、自分を含めて11名と意外に多くの人が集まったのに驚いた。


2月9日(金)18時30分開演、阿佐ヶ谷・名曲喫茶ヴィオロン、料金:1000円

 

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