高木登 観劇日記2021年別館 目次ページへ
 
    『ジプシー、千の輪の切り株の上の物語』            No. 2024-004

 初めての劇場ということもあっていつものように早めに到着。開場前に待っている間、後から来られた年配の男性と女性の話を聞くともなしに聞いていると、当日の出演者が出演した劇や、自分達が出演した劇の話などされていて、それを聞いているだけでも待ち時間を退屈しないで過ごすことが出来た。
 このお二人だけでなく、この日の観客のほとんどが出演者との関係者で埋めつくされていたようである。
 この劇は一度スタジオ公演で観劇していたことがあるが、狭いスタジオ公演とは異なって小劇場とは言え奥行きがあるだけに印象もだいぶ異なって感じられた。
 完成間近の郊外のマンションに、若い夫婦が購入した部屋を夜中に秘かに見学しに来たところからこの物語は始まる。そこへ怪しげな一団がざわざわとやって来て、夫婦は恐怖の余り足場の階段を使って逃げ去り、翌日、工事の現場監督に前夜の出来事を話す。
 部屋の中央には、一本の老木が突き立てられており、どんなにしても抜けない。それに部屋中に洗濯物が吊るされている。現場監督や現場責任者、作業員らと若い夫婦が話し合っているところに、昨夜の一団、ジプシーたちが戻ってくる。ジプシーは三世代からなる家族で、祖父が食料品をレジのカゴいっぱい持って帰ってくると、コンビニのパートの店員が万引きだと追っかけてきて、騒動は輪をかけたように広がる。
 祖父は小さなテーブルの年輪の輪を見つめて、その木のテーブルは一滴の年輪から千の輪となった切り株であった物語を語る。
 ジプシーの家族は放浪を続けているが、同じ場所に舞い戻ってはまた立ち去って行く。このマンションも以前は雑木林で、彼らはそこで梅雨時期の雨をしのいで過ごしてきたという。そして、梅雨が過ぎると、また別の地へと旅立っていくことを繰り返していた。
 そんな埒のあかない話に業を煮やして、現場の作業員たちは暴力でジプシーたちを追い出そうとする。
現場責任者のカンさんはジプシーの子供たちとの話を聞いて、彼らが「鳥」であるとその正体を明かす。カンさんは、自分自身が工事現場を渡り歩く「渡り鳥」であるから、彼らの話している言葉が分かるのだという。劇中では、このカンさん一人が人間味を感じさせる存在として演じていたのが印象に残った。
 馬鹿げたような話の中に、若い夫婦が身の丈を超えてマンションを購入して、このジプシーの祖母タネの占いを機にして夫婦の亀裂を垣間見せる。
ジプシーが立ち去って行く時、夫はジプシーと一緒について行こうとするが、再び、妻のところに戻って来て、二人で夜明けを迎えてこの劇は終わる。
宅地開発で郊外の雑木林から追い出された「鳥」を「ジプシー」に仮託した一種の不条理劇とも見られる。
この劇で核となって見どころとなる登場人物は、若い夫婦、現場監督と現場責任者のカンさん、ジプシーの祖父トクと祖母タネ、それに父タケマツと母アサ。
 公演は、星空組と夜明け組の2チームで、自分は星組の公演を観劇。
 星組の出演者は、若い夫婦に堀内大輔と井上涼子、現場監督に劇団AUN所属の飛田修司、現場責任者に石手勇騎、ジプシーの祖父トクに番藤松五郎、祖母タネに芳尾孝子、父タケマツに前田貞一郎、母アサに下山はるみ、コンビニの店員に熊谷真紀子など、総勢16名。
 上演時間は、休憩なしで約1時間30分。


原作/横内謙介、演出/keeper
2月1日(木)14時開演、新宿・THEATER BRATS、チケット:4500円、全席自由

 

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