高木登 観劇日記2021年別館 目次ページへ
 
    グルソムヘテン劇団来日公演 『肝っ玉おっ母とその子供たち』   No. 2024-002

 ノルウェーのオスロの劇団グルソムヘテンは、今回が7回目の来日公演という。
 初回が2015年、イプセンの未完のオペラ『山の鳥』、2度目が2016年で同じくイプセンの未完のオペラ『スヴァンヒルド』で、2022年の6度目の来日ではエドガー・アラン・ポーの『大鴉』を上演している。残念ながら、これらは自分の情報不足でいずれも観ていない。
 シアターXでは、時々このような海外からのユニークな劇団を招聘して、低料金で観劇させてくれることがあり、非常にありがたく思っている。今回は、シアターXのメール通信でこの上演を知ることが出来た。
 ブレヒトの『肝っ玉おっ母とその子供たち』は、遠い昔、俳優座で栗原小巻主演での公演を観て以来なので、今回はノルウェーの劇団ということで言葉が分からなくてどこまで理解できるか若干不安でもあったが、いい劇は言葉が分からなくても通じるものだと信じて観劇した。
 観劇当日劇場から配布されたパンフレットに、演出家のラーシュ・オイノの「演出ノート」の冒頭で、「まず、ベルトルト・ブレヒトの『肝っ玉おっ母とその子供たち』について指摘したいのは、この劇が戦争全般の残忍な美学を私たちに突きつけてくるということです」とあり、ロシアによるウクライナ侵攻、イスラエルによるガザの戦争行為という今の現実そのものであるのを痛感させられた。
 オイノは戦争全般の残酷さを単に残酷というだけでなく、残酷さを美学にまで昇華して語っているところに強い刺激を感じた。
 オイノは更に語る。「ブレヒトのすべての戯曲がそうであったように、私達は現在の世界を変え、地球上に連帯の状況を作り出す必要性という意味で、政治的な演劇を扱っている」と。
 ブレヒトの劇の題材となっている「三十年戦争」は、1618年から48年まで続いたドイツ(神聖ローマ帝国)を中心とした宗教的・政治的諸戦争の総称で、ドイツ内部の新旧両教徒の反目から、オーストリア、スペイン、デンマーク、フランス、スウェーデンとヨーロッパ全土を巻き込んだ戦争のことであるが、知識の浅い自分には、「三十年戦争」といえばシェイクスピアの「薔薇戦争」を思い出すのが精一杯であった。
 パンフレットには、ブレヒト自体が場面ごとに提示した説明文に加えて各場面における概要を記してくれているので、状況だけはおおよそ理解できる。また、ほんの一部だけだが上演中、時々字幕が入るが、会話そのものには字幕が出ないので何を言っているのか分からない。
 しかしながら、この舞台は「政治的なメッセージ」を伝えるために、「登場人物の表現(表情)と結びついたテキストの詩情」を身体言語によって表現することのコンセプトで、劇の叙事詩的展開によってその詩情感は伝わってきた。
 劇全体は12場からなり、第7場の「肝っ玉おっ母は、今やその営業経歴の最頂点に立っている」で、肝っ玉おっ母の台詞、「戦争は商売だ、チーズの代りに砲弾を売る」という場面で、2時間余りの前半部が終わり、15分の休憩の後、残りの5場は1時間10分で、全部で3時間25分の上演であった。
 肝っ玉おっ母は、二人の息子と一人の娘をこの戦争で失って、残されたのは商売道具の荷車だけ。それでも戦争は続く。
 出演は、肝っ玉おっ母を演じたハンナ・ディザラを含め、総勢8名でほとんどの出演者が一人何役も務めた。


作/ベルトルト・ブレヒト、演出/ラーシュ・オイノ、音楽/パウル・デッサウ
音楽監督/ヴァネッサ・イゾベル・ブラック、舞台美術・衣装/ボールド・リー・トルビョルンセン
1月20日(土)14時開演、両国・シアターX(カイ)、料金:1000円、全席自由

 

>>別館トップページへ