高木登 観劇日記2021年別館 目次ページへ
 
    Bow第12回公演 『火男の火』               No. 2023-021

 面白く、楽しんで観た、その面白さと楽しさを堪能させてもらった。活劇のエンターテインメントの面白さである。
 山賊仲間の内でも一番憶病で頼りないアクラが、皆が心配している中、襲撃した館の主人の妻綾乃を攫って戻ってくる。綾乃の美しさを一目見ただけで女好きの長(おさ)は自分のものにしようとするが、一番の活躍をした顔に醜いあざのある火男が、長が約束した何でも望みの褒美を与えるという言葉に、その綾乃をもらい受ける。しかし、綾乃は彼の顔を見たとたん気絶してしまう。
 いつも危ないところを火男に救われている弓の名人八郎太は、山賊には似つかわしくないところがあるが、彼は実はさる貴族の落胤であった。その八郎太が綾乃を見て恋するようになる。ここまで観てきたとき、エドモン・ロスタンの『シラノ・ド・ベルジュラック』のことがすぐに思い浮かんできた。
 火男は綾乃に恋しているが自分の顔の醜さから最初から諦めており、彼女を都で名馬と取り換えて売る積りでいる。八郎太は火男に恋をしている話をするが、その女は夢の中の女だとごまかす。が、あるとき、八郎太と綾乃が二人きりで愛を語らっているのを火男は陰で盗み聞きしてしまう。それで八郎太が綾乃を愛していることを知るだけでなく、八郎太の生まれの素性も知ることになる。八郎太の本当の気持を知った火男は、ここからシラノを感じさせる存在となる。
 火男は都の偵察で、都の役人たちが近々山賊たちの根城を襲う計画があることを知り、今の居場所での最後の襲撃先に、警護の手薄な貧乏な貴族を襲う計画を立てる。
仲間の盗賊たちはそんな貴族の館を襲っても何の実入りも期待できないと反対するが、長は火男を信頼しており、皆を黙らせる。長は火男の考えを聞くために人払いをして火男の真の狙いを聞く。
その話を綾乃が立ち聞きして聞いていて、そのことを八郎太に告げ、二人は仲間たちから逃亡するため、盗賊たちの計画を打ち明けた手紙を、字の読めないトビをだまして襲撃先の貴族の館に届けさせる。
 襲撃先では盗賊たちの襲撃に備えて万全の体制をとって反撃し、長たちは命からがら逃げ帰る。
真の襲撃先を知っているのは長と火男だけであり、長は火男が裏切ったと思い、火男の眼を火で焼かせて盲目にさせる。タイトルの「火男の火」の意味の関連がつながってくる場面である。
 火男は計画が漏れたのは綾乃が立ち聞きしていたからだと悟り、彼女に手をかけようとするが、すんでのところで八郎太が放った矢が火男の胸を射抜く。
火男は八郎太にとって命の恩人であっただけでなく、八郎太が綾乃と愛し合っているのを知って、綾乃を名馬と取り換えるのも諦めたのだが八郎太はそんなことも知らず、殺してしまう。名馬と取り換えると言うのは火男の強弁で、ほんとは綾乃を愛しているのだが、自分の醜い顔のためにその気持ちを隠し殺していたのであった。
 火男の傍に最初から最後までついていたのは、白痴の舞舞。その無邪気さが痛々しい。
 話の主筋はざっとこんなものだが、この劇の面白さは脇筋を巧みに絡ませて、ドキドキハラハラさせる場面を作っているところにある。
 長には一人息子の次郎がいるが、長はなぜだか次郎に対して厳しく、火男を信頼して、一番の得物の刀も次郎が取ろうとしたのを火男に与える。それだけでなく、長の後継者に火男を指名する。
話の展開の中で次郎が実の子ではないことも知られるが、次郎はその事実を知らず、疎まれながらも父親の長に尽くそうとし、長の病を治すために、血のつながった男の胎児の肝が必要であるということで、叔父貴のアリマの身重の妻ヤマネを殺し、その胎児の肝を取り出して長に渡す。
 しかし、長は仲間の命を奪った者は命で償うという掟で次郎を火男に命じて殺させる。火男は次郎を逃がそうと説得するが聞き入れず、却って彼を襲ってきてやむなく殺してしまう。
 そのようないくつもの脇筋の面白さもあって、劇の展開にぐいぐいと惹き込まれていく。
 劇は「花」と「火」組の一部ダブルキャストで、自分が見た回は「花」組で、主な出演者は、火男にBowの主宰者庄田侑右、綾乃に藍梨、舞舞に馬場宇凰、八郎太に小橋川嘉人、長に黒川進一、アリマに江古田島平八、長の女でアクアの妻である伊万里に山田美貴、山賊に対する警護隊長の影虎役に鈴木吉行など。
 上演時間は、途中休憩10分をはさんで、3時間。


脚本/原田宗典、演出/桒原秀一、美術、小島沙月
11月25日(土)13時開演、渋谷シブゲキ、(料金:7500円)、座席:A席F列10番

 

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