高木登 観劇日記2021年別館 目次ページへ
 
    燐光群創立40周年記念公演 『わが友、第五福竜丸』        No. 2023-020

―「海」よ、再生せよー

 第五福竜丸については、ビキニ、水爆実験などの断片的な知識しか持っていなかった、それも子供の頃の記憶である。それに対してこの劇は余りにもずっしりと重いテーマを抱えた作品である。この劇によって知らされていく事実、真実に、どうしようもない憤怒と諦めのような気持が交錯する。いや、諦めてはいけないのだ!!と観劇中に何度心の中で叫んだことか。
 木造のマグロ漁船「第五福竜丸」は、昭和29年(1954年)3月1日に、太平洋のマーシャル諸島にあるビキニ環礁で、アメリカが行った水爆実験によって被害を受けた。自分がまだ8歳になる前のことである。それでもビキニと水爆だけの記憶が残っている。
 この劇は、その第五福竜丸を主人公にした劇である。人物ではなく、船そのものが主人公である。そしてこの劇は、12年前の東日本大震災の東電の原発事故から、現在の処理水の海中放水の問題にまでを含めて、時代を前後錯綜させながら展開していく。
 この劇を観て驚き、憤りを感じさせられていくのは、いかにわれわれが何も知らされていなかったかということを、この劇を通してはじめて知らされるという事実である。
 たとえば、最初に広島に落とされた原爆においても、ビキニ環礁での水爆実験でも、「放射能」という言葉は一切知らされなかったという事実を初めて知った。そして、ビキニ環礁でのアメリカの水爆実験は日本政府には知らされていたにもかかわらず、その海域で漁をする漁船に一切その情報が知らされていなかったこと、また、被爆被害は第五福竜丸以外にも相当数あったにもかかわらず、すべて秘匿され、アメリカからの補償に対しては第五福竜丸のみにしか支払われなかったことなど。その他の被害の事実の隠蔽は、日本の戦犯全員の恩赦と解放の密約が時の重光外相との間で交わされていたこと、また、被害者の名前など日本の情報開示ではすべて黒塗りにされて不明であったが、アメリカの情報開示で明かになったことなど、次々とわれわれが知らされていなかったことが劇中で明らかにされていく。
 近時点の処理水放水の問題にしても、海水というのはモザイク状に断層となっていて、各々の海水が混じり合うことはなく、セシウムなどの放射能物質は海中で拡散希釈されることはないという科学的調査根拠などが語られる。
 このように次から次へと新たな事実を知らされ、観ていて聞いていて眩暈を感じるほどである。余りにその内容が多岐にわたっているので、書きたいことは山ほどあるが、頭の整理が追いつかない。
 出演は、鴨川てんし、川中健次郎、猪熊恒和、大西孝洋、円城寺あや、小山萌子、樋尾麻衣子など、声の出演も含めて、総勢24名。
 上演時間は、予定の2時間20分を超えて、休憩なしで、2時間40分であった。
 終演後、坂手洋二とNHKディレクターの奥秋聡とのアフタートークが30分ほどあって、ここでも大変参考になる話を聴いたが、内容を十分にまとめきれないのが残念である。海水がモザイク状の断層となっていて、個々の断層との交流、混じり合いがないという話は、実はこのアフタートークで聞いた内容であって、劇中の話と混同してしまうほど劇との関連の深い内容であった。


作・演出/坂手洋二
11月22日(水)14時開演、座・高円寺1、チケット:4200円、座席:D列5番

 

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