高木登 観劇日記2021年別館 目次ページへ
 
    ことのはbox第20回公演 『明日葉の庭』        No. 2023-017

 軽快な場面展開と、日常性の中に何かが起こりそうなワクワク感と、舞台全体から醸し出されてくる温もりのような雰囲気に、心が弾むような期待感でずっと舞台に集中して見(魅)入った、心地よい感動の舞台であった。
 タイトルとなっている「明日葉」は、今日摘み取っても明日には葉が出るということから名づけられたセリ科の多年草で、八丈島や伊豆七島などの海岸地方に生えることから、一名「ハチジョウソウ」とも呼ばれている。この劇では実際の道具立てであると共に比喩的、象徴的なタイトルでもある。
 場面は、その明日葉が生える伊豆諸島のとある小島に新しくできた中高年の女性を対象にした古い民家のシェアハウス。6人が定員のシェアハウスに残り1名の居住者として樫山智恵子と名乗る白髪の女性がやって来たところから舞台は始まる。
 このシェアハウスの経営者日菜子は東京からの出戻りの若い女性で、将来はこのシェアハウスで高齢者の介護までするつもりで、その資格を取るための勉強と資金作りの為に昼夜働きづめで頑張っている。
 シェアハウスの居住者は樫山智恵子をはじめ、全員が島の者ではなく東京からやって来ている。わざわざ不便な島を選んでやって来ているには、それぞれみな隠された事情があることが察せられるが、ハウスのルールとしてお互いが干渉しあわないことになっているが、夕食だけは輪番制で作ることにしている。
 そんな暗黙のルールも2、3か月も経ってくるとお互いの行動から何となくお互いの事情がぼんやりと推察されるようになってくる。そしてある日リビングで、料理が得意な古谷さんが拵えた明日葉の汁を焼酎割にして数人で飲んでいるうちに、アルコールが引き金となって自然と自分の過去を語り始める。
 シェアハウスの居住者と日菜子たちをめぐっての主筋に、シェアハウスの隣の住人や島の者達が加わっての副筋によって、面白さの期待と劇の展開のワクワク感がどんどん増幅されていく。
 日菜子は高校を卒業して東京に出て、それから結婚して3年で離婚し、島に戻って築70年の祖父の代からの家を何とか残そうとしてシェアハウスを始めたのであったが、島の人たちは若い日菜子にそんな仕事が続くのかと冷ややかに見つめる一方、シェアハウスに住むのがよそ者ばかりということで距離を置いて見ているようである。
 無関心のように見えても気になるのか、シェアハウスの隣の住人土井垣さんは、何かにつけてシェアハウスに来ては最後に、口癖の「バカヤロー」と言っては帰っていく。また、島の青年水島さんはシェアハウスに明日葉の葉を毎日のように届けているが、ほとんど口をきかない。彼も実は内心では日菜子のシェアハウスの仕事が続かないのではないのかと思っているふしがある。
 日菜子は、明日葉が今日葉を摘んでも明日には葉が出るということから、自分でも育ててみようと水島さんにその苗を貰う。それがきっかけで水島さんは心を開いてだんだん話すようになる。
 シェアハウスで事件らしいことが起こるのは、島のスーパーの店長岡田さんとシェアハウスの綾さんの仲を疑って岡田さんの娘のあゆみが、シェアハウスに乗り込んで談判をしに来て、結局、綾さんは島を出ていくことになる。
 今一つの事件は、樫山さんの夫が彼女の居場所を突き止めて、彼女を連れもどそうと島にやってきたことである。夫は一級建築士として定年まで勤めあげ、妻の樫山さん(旧姓)は専業主婦として一人娘も結婚したところで離婚を決意して夫に黙って家を出たのであった。夫の森さんは典型的な会社人間で、妻の気持を全然理解しておらず、世に言う熟年離婚である。
 認知症の老女キヨさんがこのシェアハウスを自分の家だと思って時々家出してくる。そんな祖母を日菜子の高校の同級生円香が捜しに来る。便所に隠れて出てこないキヨさんを、となりの土井垣さんがやって来て、隠れん坊はもうおしまいだから出てこいと声をかけると、キヨさんはトイレから出てくる。キヨさんと土井垣さんは幼なじみだったのである。
 綾さんが島を出て行って以来元気をなくして食事もろくに取らなくなった岡田さんであるが、綾さんが戻ってくると途端に元気を回復し、平穏無事に過ぎているところに大型台風が島を襲う。シェアハウスの住人は全員避難所に避難することになるが、過労で熱を出し倒れてしまった日菜子を水島さんが病院に運ぶ。
 台風が去った後、シェアハウスは倒壊こそしなかったものの、修理をしないことには住める状態ではない。
 その間に住む場所をスーパーの店長や円香が何人かを引き受けると言うと、となりの土井垣さんまでが「俺のところであずかってやる、その代わり修理が済んだら出ていけ、バカヤロー」と言って引き受ける。残された日菜子は、シェアハウスの全員が「日菜子さんは、水島さんのところ!」と言う。
 台風の被害を心配した樫山さんの夫の森さんが島にやって来て、樫山さんの気持を理解して離婚届を出したという報告と、シェアハウスの修理を買って出る。
 八方丸く収まったところで、写真とブログ作成を楽しんでいる出口さんが全員の写真を撮ろうと言うと、樫山さんの夫森さんが、自分が撮りましょうと言ってカメラを出口さんから受け取る。いつもぶっきらぼうな土井垣さんにも入るように声をかけると、土井垣さんは照れ隠しのように苦虫をつぶしたような顔で、全員がカメラにおさまるところでおしまいとなる。
 「雨降って字固まる」ではないが、いろいろなことがあって、すべてが丸く収まる良質なコメディを楽しんだ。
 自分が観劇した千穐楽の「箱チーム」の出演者は、シェアハウスの経営者日菜子を演じた勝島乙江、シェアハウスの住人の樫山智恵子に上村正子、専業主婦だった料理上手の古谷さんに浅見恵子、シェアハウスのルール破りの綾さんに瀧山貴美子、独身を貫いて翻訳の下訳を仕事にしている京子さんに阿部由美恵、インド人との仲で子をもうけた元スナックのママで、島では毎日パチンコにあけくれているマキさんに荒井ぶん、写真とブログが趣味の出口さんに秋元和子、日菜子の高校の同級生だった円香に佐々木絵里奈、その祖母で認知症のキヨに芳尾孝子、スーパーの店長の娘あゆみに松井結起子、島の青年水島さんに佐藤ケンタ、スーパーの店長岡田さんに才藤長彦、照れ隠しに「バカヤロー」を最後につけるシェアハウスの隣の住人土井垣さんに番藤松五郎、樫山さんの夫、森さんに佐野眞一の14名。それぞれが独特の雰囲気で登場人物を演じ、それぞれの人物の背景(過去と現在の姿)にあるものまでを感じさせてくれた好演技であった。
招待の案内をいただかなかったらこの幸運を見逃すところであった。
明日への希望の喜びを感じさせ、ほんとに、楽しんで面白く見させてもらいました。感謝!!
 上演時間は、休憩なしで90分。


作/堤泰之、演出/岡崎良彦
10月22日(日)16時開演、武蔵野芸能劇場・小劇場、(チケット:前売り、4500円)、
全席自由

 

>>別館トップページへ