高木登 観劇日記2021年別館 目次ページへ
 
    Ichi-se企画第3回公演 『そして母は鬼となった』       No. 2023-015

 明るい話ではない。しかし、いま、どこにでもある話、いじめの問題。
 いじめだけが話題となった劇だと、少しやりきれない話だと思っていたが、後半部がミステリアスな展開となっていて、劇として救われる気がした。
 主人公の名前は叶夢。母親が好きだった歌、「輝く星に心の夢を祈ればいつか叶うでしょう・・・」から付けられた名前。この歌は、劇の始まりにも、途中でも、そして最後にも母親の亜希子によって歌われる。
 叶夢の父親は、彼女が幼い時に亡くなっており、母親と二人きりで元気に明るく育って、成績も学年でトップ。
 しかし、そのことが彼女の不幸ともなってしまった。学年で2番の麗奈はPTA会長の娘で、彼女の母親は娘が2番であることが許せない。そんな親の屈折した感情からいじめへとつながっていく。
 叶夢の学年主任は教頭になりたいがためPTA会長の妻である麗奈の母親にすりより、彼女の意のままに従う。ほかの教師たちもその学年主任に同調して主体性というものがない。それだけでなく、一人の男子教師は通学中の電車の中で痴漢行為をしているところを叶夢に見られ、脛に傷を抱える。また、別の女性教師は、恋人との電話で振られているところを運悪く叶夢に聞かれてしまう。叶夢のクラス担任の英語教師は、クラス担任がはじめてで生徒たちからいじめを受けているだけでなく、先生たちからも駄目教師として扱われている。もっとも屈折した心理を抱えているのがこの教師で、そこがこの劇のミステリー的サスペンスを醸し出すことになる。
 PTA会長に学校の人事にそれほど強い影響力があるなどとカリカチュア化されているが、学校という閉塞社会での世間知らずの一側面を表象化しているとも言えるだろう(実際には、自分が高校のPTA会長をやったことのある経験などから見ても、通常学校の人事まで口出しすることはあり得ないし、そんな影響力はない)。
 この劇を単なる表面上のいじめ問題だけに終わらせていないのは、いじめの構造の背後の複雑な心理を絡ませているところにある。
 叶夢が屋上からの転落による前に、後頭部の致命的な打撲傷であることが死亡解剖から判明し、刑事事件へ発展することによって、このいじめの複雑な背景がえぐり出されていく。
 教師の財布を盗んだ嫌疑で学年主任が叶夢に激しく詰め寄り、反論する叶夢を強打で頭を壁にぶつけてしまう。
 教師の財布を盗んだというのは、PTA会長の妻の差し金で学年主任たちが仕組んだ罠であるが、そこまでして出世したいのかというオーバーな設定にも感じるが、その学年主任を演じる菊地真之が巧みに演じる。
 この劇が単なるいじめ問題に終わっていないミステリアスなサスペンスは、刑事事件となってタバタ刑事の登場からである。タバタ刑事は、叶夢の母亜希子がパートで勤める弁当の仕出し屋によく来てはドタキャンや、途中で注文内容を変えることで招かれざる客であったが、このいじめ問題にある背後の捜査には亜希子の立場に立っていろいろ手をつくす。結末は叶夢の死だけでなく、母親の亜希子の死で終る救われない劇であるが、この刑事タバタを演じる岩ゲントのキャラに自分は救われる気がした。観劇当日配布されたチラシとA4二つ折りのパンフレットの「Information」に、岩ゲントが自己紹介で、現在愛媛県松山市を中心に福祉の演劇に力を入れて、毎月「心を解放する演劇ワークショップ」を開催しているということが記されていて、彼の演技のキャラに納得。、
 叶夢の母亜希子の那須野恵、叶夢の西田千乃、学年主任の菊地真之、PTA会長の妻の演劇集団円の新上貴美、タバタ刑事の岩ゲントらが好演、総勢10名の出演。
 上演時間は、途中休憩なしの2時間。


作・演出/一ノ瀬のり
7月6日(木)19時開演、北池袋・新生館シアター、チケット:3500円、全席自由

 

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