高木登 観劇日記2021年別館 目次ページへ
 
    夢のれんプロデュース vol. 5 『とりあえず、ボレロ』       No. 2023-014

 <日本海沿岸の古びた写真館・・・元女優の木南ふねは弟夫婦と暮らしている。ある日、中沢しのぶが記憶喪失になった男と一緒に訪ねてきた。20年ぶりに再会した3人は同じ劇団の仲間であり、ふねとしのぶはその男を愛し、奪い合った。2人の女、甦る青春時代、ネガがポジに代わるように・・・とりあえず、ボレロ・・・とぶ>
 この劇のすべてを集約するチラシのコピーをそのまま代用させてもらった。
 ミステリアスで、サスペンス的な劇の展開と、ふねとしのぶの台詞のバトルがこの劇のすべてともいえる。 
 劇は、ふねと弟の嫁との日常的な穏やかな会話の風景に始まる。そこに一人の女が黒いサングラスをかけた男を伴ってやってくるが、約束の時間にはまだ早いと女は男に時間をつぶしてくるようにと指示して、自分は写真館のベルを押すが、何の返事もない。そこへ男がやってきて誰も出てこないのをいぶかりながらさっさと女をその写真館の中へ入れる。男はこの写真館の者であることがわかり、女は写真を撮ってもらいにきたようであるが、実はそうではないようである。そこからすでにミステリアスな始まりとなっている。
 女は、かつて同じ劇団員であった元女優で今は木南写真館の写真家となっている木南ふねを訪ねてきた、今も女優を続けている中沢しのぶ。そして黒いサングラスをかけた男は、しのぶとふねが互いに愛を争った同じ劇団員の沢田治。かれは2年前にカンボジアで爆風を受けて記憶喪失となり、しのぶのところに荷物のように送り返されてきたのだった。しのぶは男の取り合いでふねとの勝負に勝ったものの、今では記憶喪失となった沢田をお荷物に感じてかれをふねに押しつけようとしてやってきたのであった。そのことが見えてくるのはこの劇の展開のずっと後になってであるが、その間に沢田の過去の事件のひとこまが挿入され、現在と過去が一時交錯する。
 この物語の筋書きをいちいち書いていても始まらない。この劇はこの二人の女、ふねとしのぶの会話のバトル、駆け引き一切が見どころ、聴きどころとなっており、それ以上でもそれ以下でもない。すべてはふねを演じる野沢由香里としのぶを演じる槇由紀子の台詞力、演技力にかかっており、それを見、聴くことがこの劇を堪能する醍醐味となっていて、ふたりがそれを見事に体現してくれる。
 劇は「激」のみではその面白みは深まらない。味付けには「塩」が必要であるが、その塩の役目を、沢田を演じる高橋邦彦、ふねの弟の眞藤ヒロシ、その妻の小島万智子が緩急の「緩」を務める。そして、過去の事件に登場する教師と称する豊川豊野を演じる菅野園子が、ふねとしのぶの会話の間に見せる無言の表情での目の動き、顔の表情の演技に目が離せなかった。菅野園子は、後半部で「角巻の女」をも演じるが、それがかつて教師であった女と同一人物であるのかどうか、謎のままである。
 タイトルとなっている「とりあえず、ボレロ」は黒メガネの男、沢田治の決まり台詞で、「とりあえず、ボレロ、とりあえず、バイロン・・・」から取られている。
 そしてこの劇は、青春の苦くも甘い思い出を表象するかのように、「とりあえず、ボレロ」のボレロの曲に合わせ、ふねとしのぶが奇妙な和解と妥協のうちに二人でボレロを踊り、そのボレロの曲が高揚して高まったところで、それがそのままフィナーレとなって出演者一同がそのボレロの踊りに加わってカーテンコルへと続く。
 出演者は、総勢10名、休憩なしで2時間の上演時間、濃密な舞台を楽しんだ。
 終演後、コロナ禍以来、出演者との初めての面会で、槇由紀子と少しだけ言葉を交わし、板橋演劇センターによく出演していた眞藤ヒロシにも初めて声をかけ(かれにとっては声をかけた人物は謎の人物であったろう)、劇場に来るまで降っていた雨も上がって、さわやかな気分で劇場をあとにした。


作/清水邦夫、演出/大谷恭代
7月1日(土)13時開演、中野・劇場MOMO、チケット:4500円、全席自由(最前列中央)

 

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