高木登 観劇日記2021年別館 目次ページへ
 
    スタジオ・アプローズ公演 『栗原課長の秘密基地』        No. 2023-013

 『栗原課長の秘密基地』の劇を観るのはこれが三度目となる。
 最初は、ステージ円のオープニング公演第三弾として2002年4月に上演されたもので、その時の感想の記録とキャストは以下の通りである。
<一口に言って、面白い。どんでん返しの繰り返しで、笑いとペイソスに引き込まれる。世の中欺瞞に満ちてはいるが、自分の抱える欺瞞を吐き出した後には、心の救済を感じる。そんな作品である。児童文学の佳作作品の作者がAV女優ということで、あわてて受賞式の写真撮影に顔が写らないように苦心するかと思えば、大賞作品の盗作疑惑騒動が持ち上がる。果ては大賞取り消しとなり、伝統あるその児童文学賞の存続を図る名目と、栗原課長自身の地位保全のために、大賞受賞者のでっち上げを図る。選考委員の読者代表の主婦は、そんな醜い舞台裏に憤りを感じる。しかし、みんな自分の中に、大なり小なり嘘を抱えているものなのだ。特別功労賞を受賞する老齢の児童作家の役柄を演じる佐々木睦の台詞が心を救う。<感激度>☆☆☆☆☆
 演出/松井範雄、出演/上杉陽一、渡辺穣、山口眞司、佐藤銀平、佐々木睦、大竹周作、藤貴子、入江純、込山順子、福井裕子、馬渡亜樹>
 この時はよほど感銘深かったのであろう、この本の上演台本を買っている。
 次に観たのが今回と同じ場所で、2019年9月にC.a.T第4回公演として調布大の演出によるもので、観劇日記の最後に、
 <出演者はそれぞれに特徴を生かした演技で、誰が一番と甲乙つけがたいが、印象に残ったのは、役得ともいえる特別功労賞受賞者役で訥々とした話しぶりの老年児童文学作家を演じた榎本淳、そしてAV女優の天真爛漫さを演じた出来優奈、さらに付け加えれば出番はそう多くはないカメラマンの市村大輔。>
と記しており、一様に感銘を受けたのはキツツキ児童文学賞・特別功労賞を受賞した老児童文学作家であった。この役を演じたのはいずれも男優であったが、今回の演出ではこれまでの男優ではなく女優の芳尾孝子が演じていたのが異なっていたものの、前2回と同じく今回の舞台でも一番印象的であったのはこの老児童文学作家であったということもあって、あえて前回に観た感想を採録してみた。
 この老児童作家を男優が演じるというのは、この劇のタイトルとも深くかかわってくる。というのは、この劇の表の主人公栗原課長は、当該出版社の一番の花形の部所の編集長であったのが、部下へのセクハラでこの出版社の中でもお荷物的な児童文学部門の編集長に左遷され、キツツキ児童文学賞授賞式は彼にとっての起死回生の晴れの舞台でもあった。
 もともとが求めて移動した部所でもなく、児童文学についてはまったくというほど知らないだけでなく、理解もない。ところが、そんな栗原課長が一つだけ覚えている童話があるが、その童話と作者については児童文学者をはじめ誰も知らない。その童話を書いたのが実は老児童文学作家で、彼女は自分が書いた童話がまったく売れないので、いくたびも名前を変えては出版していて、たまたま男性の名前で書いたものが、栗原課長が子供の時分に読んで深く感銘を受け、しかも彼が唯一読んだ童話でもあった。
 その童話の中に出てくる「秘密基地」が栗原課長の子供時代の思い出の遊びとつながっていることからも、この老児童文学作家と栗原課長との深いつながりがあったということが結びつけられてくる。
 上演台本では、出演者の表示は「男」「女」とあって、男1は「課長」とあるだけで、名前は表示されておらず、劇の進行中にみなその名前が明らかになってくる。
 特別功労賞受章者は「男5」とあり、もともとは男優が演じることになっている。ところがこの作家が名前を色々変えているところから、「女」であってもシチュエーションとしては何ら差し支えない設定となっている。この老作家を女優が演じることで、この劇全体が女性(女優)の演技を中心に求心力が働く舞台となっているのがきわだった特徴となっていた。
 なかでも傑出した印象を与えたのは、佳作受章者でAV女優を演じる蒼じゅん。また、彼女とは対照的にキツツキ大賞受賞者を演じる鹿目真紀は、受賞を素直に喜んで、心情を吐露する、けなげな、おどおどした表情をキュートに演じたのも好印象であった。読者代表としての選考委員を演じた熊谷里美も、普通の主婦としての純朴さの反面、内に潜む激しい鬱屈した心情を吐き出すときの演技がきわだっていた。大賞受賞者の女友達を演じた鈴音三葉は、引きこもりでおどおどした影のような非在感がかえってその存在感を浮かび上がらせた。最後になったが、選考委員長の女流童話作家を演じる君島久子は、群を抜いての存在感を示していた。老児童文学作家を演じる芳尾孝子は、役得を朴訥と演じているところがかえって印象を強め、一番おいしいところをさらっていった。
 「男」の役としては、この劇の主人公である栗原課長を台詞量と演技力で魅せた両国大吉、選考委員で男性童話作家を井村友紀が熱く演じ、大賞の代替に呼ばれた推理小説作家を目指す男に金純樹、課長の部下に水野志音、カメラマンに琥珀が演じ、総勢11名。
 上演時間は、途中5分間の休憩を入れて2時間弱。
 初日の舞台は、夕刻からの不安定な天気の中、40名あまりの定員席がほぼ満席となる活況で、終演後の劇団員との交流がコロナ感染対策以来、初めてとあって賑わっていた。心地よい満足感と共に帰路についた。


作/土屋理敬、演出/Keeper
6月13日(火)19時開演、両国・スタジオ・アプローズ

 

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