高木登 観劇日記2021年別館 目次ページへ
 
    新国立劇場公演 『エンジェルス・イン・アメリカ』        No. 2023-011

 第一部と第二部とを二日間にわたって観劇。
 一日目の第一部では平日のマチネであるにもかかわらずほとんど満席状態であったが、翌日の第二部の観劇時は6割程度の観客で、A席は後部座席がほとんどがら空きの状態であった。
 第一部観劇の感想は、話の意味内容がよくつかめず神経を集中したせいか観劇による頭痛で、翌日の第二部の観劇を取りやめたいと思うほどであったが、第二部は全体の様子もだいぶ読めてきて、劇の進展にも興味がわいてきて俄然面白く感じられるようになった。
 史実とフィクションとファンタジーの入り混じった内容で、時代背景は1980年代のアメリカ、共和党のレーガン政権の時代で、同性愛に対する偏見とエイズの恐怖が蔓延していた社会背景を映し出している。
 『ミレニアム迫る』と題された第一部は、第一幕「悪い知らせ」、第二幕「試験管の中で」、第三幕「まだ無意識の中、夜明けへと前進」の三幕からなり、それぞれちょうど1時間ずつの合計3時間30分の上演時間で、各幕の間に15分の休憩をはさむ。
 第二部は、『ペレストロイカ』と題して五幕構成で、第一幕「射精」、第二幕「反移住の書簡―ジグリッドへ」、第三幕「腹鳴―蠢動する事実は鱗で覆われた精神にまさる」、第四幕「ジョン・ブラウンの亡骸」、第五幕「天国―私は天国にいる」、そしてエピローグとして「ベセスダ」、途中15分間の休憩を2回はさんで4時間の上演時間。
 「ベセスダ」は、セントラルパークのシンボルとなっている噴水で、1873年、アメリカ人女性彫刻家のエマ・ステビンスによってデザインされ、石と鉄で製作された像のことで、エピローグでプライア―によって説明される。
 物語の発端は、連邦控訴裁判所の首席書記官のジョゼフ(ジョー)・ポーター・ピットが、師と仰ぐニューヨークの剛腕弁護士で政界の黒幕、ロイ・コーンから司法省への栄転を持ちかけられるが、なぜか彼はそれにすぐ返事を返せないところから始まる。そこからジョーを取り巻く周囲の人物が登場してくるが、その関係がよくつかめず、神経を集中しすぎて頭が痛くなってくる。
 登場人物の男性全員が同性愛者であることと、人種的、社会的なマイノリティであることが分かってくる。モルモン教徒のジョーは宗教的にマイノリティ、彼の妻ハーパーは夫の関係に悩み精神安定剤中毒に病んでおり、ジョーと同じく連邦控訴裁判所に勤務するルイスはユダヤ人の同性愛者で、ルイスの恋人プライア―はエイズに感染している。また、ロイがエイズで入院するとその専属の看護師となるベリーズは、元ドラグァクイーンで黒人の同性愛者で、ロイも同性愛者であることが分かる。
 一部二部を通して見えてくる登場人物の関係は、ルイスはプライア―と同性愛者の関係にあったが、プライア―がエイズに感染していることが分かるとルイスは捨てて彼のもとを去り、ジョーと同性愛の関係になる。
 ロイ・コーンはエイズに感染して入院するが、政敵に自分の弱みを握られない為に肝臓がんと偽っている。そのロイがジョーとの同性愛の関係にあったことも分かってくる。ジョーが同性愛者であることを感じた妻のハーパーは幻覚症状が悪化し、彼女の幻覚症状が舞台上で可視化され、それが南極大陸の場であったり、エスキモーが登場したりする。ハーパーのことを心配したジョーの母親ハンナがソルトレークからニューヨークまでやってくる。
 ロイは自分が有罪にして死刑にしたユダヤ人エセル・ローゼンバーグの幻覚に悩まされ、プライア―は幻覚に現れた天使によって預言者になる。
 時代背景は、1985年から86年で、エピローグのみが1990年1月となっている。
 劇の核心となっているエイズは、今でこそその恐怖は沈静化しているが、当時としては不治の病であるだけでなく、エイズ感染は死を宣告されたにも等しい恐怖の病であった。新型コロナウィルスによる感染も、その流行の発端では謎の病で致死率も高く恐怖の病であったことと重なってくる。エイズは正確にはHIVというウィルスによる感染で、エイズとは後天的免疫不全症候群のことで、HIVとエイズは異なるということもプログラムにある「エイズ勉強会」の記事で知った。コロナも実際にはウィルス感染で、そのウィルスがコロナの形状に似ていることからつけられた通称名に過ぎないことと合わせるとよく分かる。
 劇中、記憶に残る言葉が数多くあったが、なかでも「肉体は精神の庭」という言葉が、この劇の精神的・心理的側面について一言で表現しているようで印象的であった。
 劇の展開では、一つの場面で二つの事象が同時的に演じられる場が何度となく出てきて、それが情況把握をするのに慣れるのに戸惑った。また、台詞の言葉が交錯するだけでなく、機関銃のように矢継ぎ早やに話されて聞き取りにくかったり、暴力的な言葉の連射に不快感を感じるときもあった。しかし、一部二部に渡るこの壮大なボリュームの台詞をよく覚えられるものだと驚嘆するばかりであった。
 圧倒的なボリュームに感想をまとめるのは今の自分にはとてもできそうにないが、タイトルに「エンジェルス」とついているのは劇中に何度も天使が登場してくることから、その天使に重要な意味合いが込められていることが何となく察せっられる。 
 乗峯雅寛の舞台美術・装置については、特に第二部において感嘆させられるものが多く、見ものであった。
 出演は、現実の世界での登場人物として、ベリーズに浅野雅寛、プライア―に岩永達也、ルイスに長村航希、ジョーに坂本慶介、ハーパーに鈴木杏、ハンナに那須佐代子、天使に水夏希、ロイ・コーンに上西惇の8名。
 重厚壮大で、時代の証言性を感じさせる劇であった。

 

作/トニー・クシュナー、翻訳/小田島創志、演出/上村聡史、美術/乗峯雅寛、照明:阪口美和
(第一部)4月25日(火)13時開演、チケット:(B席)3135円、座席:RB列35番
(第二部)4月26日(水)13時開演、チケット:(B席)3135円、座席:LB列31番
プログラム:1000円

 

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