高木登 観劇日記2021年別館 目次ページへ
 
    加藤健一事務所公演 Vol. 113 『夏の盛りの蝉のように』     No. 2022-031

 2014年に文学座で公演されたのを観ているが、観劇日記には記していないので主演の加藤武の強いイメージだけしか残っていないので余り比較しようがないものの、今回の舞台を観ていて感じたのは、北斎の周囲の人物の印象度の強さであった。
 そこで文学座の公演時のパンフレットを読み返してみた。演出の西川信廣は、「『夏の盛りの蝉のように』は北斎の評伝劇ではない。北斎を軸に、国芳、崋山、北馬、娘のお栄、國芳と崋山を支えるおきょうなどが「絵を描く」との一点張りで誇り高く、そして激しくぶつかり合う人間ドラマである」と書いており、カトケンの舞台が北斎の周囲の人物5人の人間模様のドラマであることに合点がいった。
 蹄斎北馬、通称「五郎八」と舞台の語り部を演じる新井康弘と、一癖も二癖もある歌川国芳を演じる岩崎正寛の二人が狂言回し的な役で加藤健一が演じる北斎の強烈なイメージを相殺するかのようで、加藤義宗の演じる渡辺崋山、加藤忍の演じる北斎の娘のお栄の両極端のような人物がからまった人間模様のドラマとなっている。
 崋山、国芳については北斎と舞台の上では終始出会いがあるが、事実(史実)としては、上演台本を書いた吉永仁郎によれば、「国芳は若い頃から北斎に傾倒していたようであり、国芳の性格から北斎と出会っていたと考えることは無理ではない。崋山が北斎に敬意をもち、北斎が崋山を高く評価していたことは知られている。北斎の弟子北馬が崋山と親しかったのも事実で、その北馬の手引きで崋山が北斎を訪ねたことは充分あり得ることである」と書いており、つまり、このドラマは吉永仁郎が想像力を伸ばしたところから生まれている。
 そういった意味合いからも、北斎の周囲に集まる北馬、国芳、崋山、娘のお栄、そして国芳の絵のモデルになり、後に崋山の妻(?)のような存在となる日和佐美香が演じるおきょうの5人の人間ドラマがこの劇のみどころとなっている。カトケンが演じる北斎の家は、彼等を惹きつける一種の磁場といえる。
 北馬の語り部の幕間に映し出される北斎の絵の数々、なかでも代表作の「冨獄三十六景」の大波に翻弄される小舟とその奥に小さく見える富士の絵の、大写しにされた波には圧倒される思いがして、改めて北斎のすごさを感じた。
 文学座のこの劇の観劇日記を残していれば比較の意味でも面白かったろうにと悔やまれる。
 上演時間は、途中15分の休憩を入れて、2時間45分。


作/吉永仁郎、演出/黒岩 亮、美術/柴田秀子
12月15日(木)14時開演、下北沢・本多劇場、チケット:5500円、座席:D列6番

 

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