高木登 観劇日記2021年別館 目次ページへ
 
   新国立劇場公演 『ロビー・ヒーロー』              No. 2022-009

 「声 議論、正論、極論、批判、対話・・・の物語り」シリーズの第二弾。
 『ロビー・ヒーロー』は、2001年に書かれ、その年にオフ・ブロードウェイで初演されたものだが、内容的にはこのシリーズが唱える「正論、極論」を感じさせるドラマであった。
 物語は、マンハッタンのとある高層マンションのロビーを場所にして、警備員のジェフとキャプテンのウィリアム、そしてその地区担当の警官ビルと女性の見習い警官ドーンの二組が織りなす正論、極論の台詞劇である。
 問われていることは「正義」とは何かという問題であるが、それは人それぞれの側面、立場によって異なってくることをえぐり出している。その議論はあるが、正解は出されないままに終わる(というか正解はない?!)。
 キャプテンのウィリアムは正義感が強く、勤務態度が怠慢であれば容赦なく首にしてしまう。
 そのウィリアムの弟が殺人の容疑で逮捕され、そのことをジェフに相談するというわけでもなく、自分の気持を話す。そして、弟の証言で殺人が行われた時間には弟は兄のウィリアムと一緒に映画を見ていたというアリバイを主張していることを話し、正義感の強いウィリアムも身内のこととなるとその正義感も揺らぎ、結局は弟の証言を裏付ける証言をしたことをジェフに打ち明ける。
 一方、ビルは模範的な警官で何度も表象されており、見習い警察官のドーンは彼を尊敬している。ところがビルはジェフのマンションの住人の女性と勤務中に不倫をしおり、そのことをジェフはドーンにばらしてしまう。それだけでなく、ウィリアムの偽証についてもドーンに話すが、それは正義感から出たというより、おしゃべりなジェフの無神経さでしかなく、そのことがどうなるかの結果を考えてのことではなかった。
 ドーンは上司のビルの勤務中の不倫を告発したために逆に署内で村八分になってしまう。
 その告発で面目を失したビルは、ドーンにばらしたジェフに文句を言いに来た時、ジェフが居眠りをしているのを見る。そのことをウィリアムに話すと、ウィリアムはジェフがドーンに自分の偽証を話したことでジェフに頭に来ているところにその話を聞き、ジェフを首にする。しかし、ジェフの言い訳を聞いているうちに、ジェフの居眠りの怠慢については自分が直接見たわけではないので、その潔癖な正義感から解雇を撤回する。
 何気なく話したことが招いた結果にジェフが落ち込んでいるところに、同じ立場になっているドーンがやって来る。最初は彼女の話を受け入れないが、ジェフは自分の父親の立場から考えなおした上、考えを改める。
 正義とは何か、ということがこの「正論、極論」のなかで考えさせられていくが、いま、この社会が分断された時代になって考えることは、一層、この正義とは何かが立場によって異なることを知らされる思いであった。
 正義は与えられた情報の中で変化する。ジェフもドーンもそれぞれ事実を知らされなければ、ウィリアムを正義の人以外の者ではなく、ドーンもジェフからビルの不倫の事実を聞かされなければ、尊敬する模範的上司、警官でしかない。翻って現在のロシアのウクライナ侵攻を見るとき、情報を遮断されたロシア人はロシアの正義、プーチンの正義を真っ向から信じて疑わない。われわれは所与の情報の中でしかその「正義」を判断することしかできないことを改めて知らされる。
 出演は、ジェフに中村蒼、ウィリアムに板橋駿谷、ビルに瑞木健太郎、ドーンに崗本玲の4人。
 上演時間は、途中15分間の休憩をはさんで、2時間55分。


作/ケネス・ロナーガン、翻訳/浦辺千鶴、演出/桑原裕子、美術/田中敏恵
5月11日(水)13時開演、新国立劇場・小劇場、
チケット:(B席・シニア)3135円、座席:LB列28番

 

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