高木登 観劇日記2021年別館 目次ページへ
 
   新国立劇場演劇研修所・第14期生終了公演 『マニラ瑞穂記』        No. 2021-005
 

 演目が秋元松代の作品だというだけで即予約申し込みをしていた。
 演じるのは昨年シェイクスピアの『尺には尺を』を演じた新国立劇場演劇研修所14期生で、今回はその研修終了公演。
 作品にそのものについて事前知識は何もなかったが、プログラムを見て登場人物の一人、秋岡伝次郎が村岡伊平次をモデルにした人物で、この作品が『村岡伊平次伝』の後に書かれたことを知った。
 『村岡伊平次伝』については、1997年に劇団俳優座公演でてらそま昌紀が主演した時のイメージが鮮明に残っていて、今回もそのイメージがダブって感じながら観劇した。
 舞台の背景は、明治31年(1898年)、マニラの日本領事館にフィリピン独立運動を支援する日本人の志士や娼婦たちが内乱の騒動を避けて避難しているところから始まる。
 そこに日本に帰国したはずの女衒、秋岡伝次郎が女たちを伴って領事館に現れる。
 領事官の高崎と秋岡はシンガポール時代に出会っており、秋岡はそのとき高崎の説得で女衒の商売を辞めたのだが、そこからが彼の運命が狂い始め、苦労の連続となる。
 秋岡は領事館で出会った独立運動の志士たちの要望に応えて、彼らのパトロンとなって独立運動の拠点となる「マニラ瑞穂館」の建設を約束する。
 瑞穂館という命名は、女衒を商売とする典型的な悪徳商人である一方で天皇陛下を崇拝する愛国主義者の秋岡の思いを込めた名前であった。
 それから10日余りしてフィリピンを統治していたスペインが降伏し、アメリカ軍が2千万ドルでフィリピンを獲得し、独立運動家たちは一転、反乱軍扱いされることになる。
 2幕目は「マニラ瑞穂館」が、反乱軍の拠点となっているマニラ瑞穂館が破壊された跡を舞台にして始まる。
 独立運動の日本人の志士たちも今は反乱軍の一人として追われる身であるだけでなく、現地人からも疎まれてみられる存在となって、或る者は香港で新たな活動を始めようとし、或る者は失意のまま香港経由で日本に帰ることにする。
 秋岡は独立運動の志士の一人梶川から密告されてアメリカ軍から追われる身となり、領事館に駐在する武官古賀中尉は日本軍を呼び寄せるため領事館焼き討ちの計画を実行しようとしているが、秋岡との決闘で負傷する。
 秋岡は娼婦たちと一緒にアメリカ軍のウィルソン大尉に連行されて、領事官の高崎は焼き討ちされる前に自ら火を放ち領事館を火の海にして去る。
 食いつめた日本人が海外に飛び出た明治半ばの出来事の中に、女衒の秋岡と領事官の高崎の奇妙な友情関係、そしておおらかさを感じさせる当時の領事館、大国に翻弄される小国の状況など、質量感溢れる重厚なドラマであった。
 この舞台でも村岡伊平次のモデルである秋岡伝次郎は悪徳商人ながら憎めない存在として活躍する。そして彼の悪の面を正そうとする領事官高崎の包容力とやさしさが、重たい劇の中に心に明るさをともしてくれる。
 領事館の書記官を演じる中西良介の演技が、シェイクスピアの『十二夜』に登場する執事のマルヴォーリオを彷彿させるせりふ回しと所作を感じさせたのも意外に面白かった。
 出演は、秋岡伝次郎に田畑祐馬、領事官高崎に仁木祥太郎、古賀中尉に大西遵、独立運動の志士、岸本に濱田千弥、平戸に佐藤勇輝、秋岡を密告する梶川に今井公平、娼婦たちに前田夏美、加部茜、伊藤麗、五十嵐遥佳、星初音、渡邊清楓の14期生12名と、修了生の堀本宗一郎、中西良介、宮崎隼人の3名、総勢15名。
 上演時間は、途中20分間の休憩を入れて、2時間40分。

 

作/秋元松代、演出/宮田慶子、美術/池田ともゆき
2月23日(火)14時開演、新国立劇場・小劇場、 チケット:(A席)3300円、座席:C4列10番


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