高木登 観劇日記2021年別館 目次ページへ
 
   オフィスコットーネプロデュース公演 『墓場なき死者』         No. 2021-004
 

 1月に俳優座公演、カミュ作の『正義の人びと』観劇の際入手したチラシでこの公演を知り、「オフィスコットーネ」については何も知らなかったが、サルトルの作品ということと文学座の中村彰男が出演していることもあってすぐにインターネット経由で予約を入れた。
 また後から知ったことだが演出の稲葉賀恵も文学座の演出者で、2018年に新国立劇場(小劇場)でカミュの『誤解』を演出した演出者であったことにも興味がわいた。
 カミュの「不条理」に対して、サルトルといえば「アンガージュマン」という言葉がすぐに浮び、高校生時代に実存主義に熱中したことを懐かしく思い出す。
 演出家の稲葉賀恵は、この作品の地獄のような極限状況の中に喜劇的側面を見出したといい、そのことでダンテの『神曲』(La Divina Commedia)というタイトルを思い出させた。
 開演とともに一人の兵士が暗闇の中から登場し、奥の壁面にMORTS SANS SEPULTURE(墓場なき死人たち)と白墨で走り書きする。
 物語は、1944年7月、ドイツ軍占領下のフランスで、連合軍がノルマンディ上陸成功後、ドイツの敗北が濃厚になってきたなか、レジスタンスの村が襲撃され、レジスタンスの兵士と300人余りの村民が虐殺され、生き残った5人のレジスタンス兵士がドイツ軍に協力するペタン政権派の民兵に拘束され、隊長の行方を吐くようにと拷問される。
 拷問を受ける前の待つ時間、そして拷問される仲間の絶叫を聞かされる苦痛は、まさに地獄そのものである。
 彼らは隊長の行方を知らないことから白状仕様がないが、「知らない」ということからではなく、自尊心の問題から「白状しない」ということを選ぶ。
 劇の進行の中で、MORTS SANS SEPULTUREの文字の下に、これから死ぬ人間の名前が書き込まれていく。
 最初に拷問を受けたソルビエは二度目の拷問で、指の爪をはがされる拷問の恐怖に「白状する」というが、白状させるために手を弛めたすきを狙って窓から飛び降り自殺する。
 その監禁場所に、当の隊長ジャンが単に不審者として連れ込まれてくる。
 5人の中には、まだ15歳という少年フランソワがいて、姉のリュシーとともに監禁されている。
 フランソワは最初、拷問の事を想像するだけでその恐怖を抑えきれず、白状するというがその場の空気から前言を翻すが、仲間は彼を信用しないからではなく、拷問を受けさせる苦しみから解放させるために、拷問で手首を砕かれたアンリがフランソワの首を絞めて殺す。
 残った3人の拷問が始まる前に、隊長ジャンとアンリとの拷問の痛みと苦しみ、自尊心などについて激しく議論が交わされ、ジャンは拷問の痛みなど苦痛ではないと自ら左手をレンガのようなもので打ち砕く。
 しかし、自ら冒す痛みと他人から与えられる痛みは、苦痛以外に屈辱という痛みを伴うものであり、ジャンはそのことを悟る。
 ジャンは不審者としての容疑が晴れて解放されるが、自分の所在に関して謎のような言葉を残していく。
 ギリシア人のレジスタンス、カノリスは拷問を前にして隊長に居場所を白状すると言ってアンリとリュシーを説得するための時間をもらう。
アンリは最後にはリュシーに従うと言うが、彼女は説得に応じようとしない。
 説得に与えられた15分間のわずか前に、カノリスはリュシーの頑なな反対を押して白状する。
その内容はジャンが別れ際に残していったことばであった。
 それはジャンの死亡の偽装であり、ジャンのその最後の言葉は彼らへの救いの言葉であったと思えるものである。
 白状しなくても白状しても殺される運命にある彼らに、拷問を受けずに白状して殺される方がましだというジャンの思いやりともいえ、カノリスはそのことを分かっていて民兵たちを撹乱するために白状すると申し入れたと考えられる。
 カノリスが自白した後、彼らは予想通り銃殺されてしまう。
 しかし、その後、ドイツ軍に協力しているペタン派の民兵たちは、敗色が濃厚になった状況に、自分らの置かれている状況にヒステリックな状態になっている。
 その有様は悲劇的というよりむしろ喜劇的ですらあって、演出者が述べている喜劇的側面を感じさせるものであった。
 この作品は、政治的に見ればおなじ同国民であるフランス人が分断された状況ということで、現代起こっている世界各地での同じ国内での分断の悲劇と重なるものがあり、その意味で現代的な問題を孕んでいる劇ともいえる。
 拷問の場面などは、想像の方が先走って痛々しくて見ていられない心境になって自分などには耐えがたいものがあった。
 出演者は、レジスタンスの女兵士リュシーに土井ケイト、その弟フランソワに田中亨、ギリシア人のカノリスに中村彰男、アンリに富岡晃一郎、ソルビエに渡邊りょう、隊長ジャンに山本亨、他ペタン派の民兵に4名、総勢10人。
 観客は、80席が満席で隣の席の空きを設けることなく、密な状態であった。
 上演時間は、15分間の休憩を入れて、2時間30分。
 重厚というより、よい意味で重々しい劇であった。

 

作/ジャン・ポール・サルトル、翻訳/岩切正一郎、演出/稲葉賀恵、プロデューサー/綿貫凛
2月10日(水)14j開演、下北沢・駅前劇場、チケット:4800円、座席:F列7番


>>別館トップページへ