高木登 観劇日記2021年別館 目次ページへ
 
   二兎社公演45・40周年記念 『鷗外の怪談』         No. 2021-026
 

 2014年10月の初演から7年ぶり、出演者は主演の鴎外役であった金田明夫以下全員入れ替っての再演。
 自分の観劇日記にあまり詳しく記録していなかったので、鴎外の風貌と作品から感じる印象が金田明夫のイメージとはかけ離れているように思っていたので、前回、鴎外役が金田明夫だったというのに意外な気がしたが、今回、松尾貴史が演じた鴎外を見てそこに描かれている鴎外だったら金田明夫にピッタリはまっているように感じた。
 鴎外の作品をあまり読んでいないだけでなく伝記的なこともほとんど知らないといってよいので、初演を観ていたといっても、まったく初めて見るような感じで、鴎外と大逆事件の関係などが時代的に重なっていることも知らず、ましてや深く関係していたことなども初耳的であっただけに興味深く引き込まれていった。
 この作品を永井が着想・執筆したのは、安倍政権が「特定秘密保護法」の成立や「集団的自衛権の行使容認」の閣議決定が進められた時期であり、今という時代が今回見ていて、この作品の大逆事件の時代の「見えない空気」とますます近づいている感じを新たにした。
 鴎外の妻しげが、彼女が書こうとしている小説の内容を口にしているところから舞台は始まるが、その小説は鴎外が書いた『半日』に描かれた自分のことに対しての報復ともいうべき内容で、そのタイトルも『半日』の向こうを張って『一日』というもので、その前半部は鴎外の母でありしげの姑である峰との葛藤を描くものとなっていて、まさにその場面に習得の峰が登場し、実際に峰としげの言葉のバトルが繰り広げられる。
 そんな家庭的な日常生活の中に、山懸有朋の私的諮問機関「永錫会」のメンバーの一人として鴎外も「大逆事件」に関与することになり、その周囲の人物として、鴎外の親友賀古鶴所、文芸誌『すばる』の編集長で弁護士の平出、鴎外の紹介で慶應義塾の教師となった永井荷風、女中のスエが登場する。
 鴎外は山懸有朋公に幸徳秋水らの助命直訴を決意するが、母峰の命を懸けた阻止に屈してしまう。
 鴎外の「怪談」は、ドイツからはるばると恋人の鴎外を訪ねて来た恋人エリーゼを、周囲の説得と自分の出世欲から彼女との約束を裏切って捨ててしまった悔恨の情が心の中に亡霊となって棲みこんでいる状態で、それが時として現れ、大逆事件でも結局自分の意志を通せなかったのもその亡霊のためであったことを考えると、その亡霊は、鴎外の自己保全の自己愛として見えてくる。
 鴎外家の女中スエが、大逆事件の犯人の一人に仕立て上げられた紀州和歌山の医師で「太平洋食堂」の大石誠之助の世話になっていたことから、鴎外に助命の協力を願うエピソードは、その大石誠之助を扱った劇『太平洋食堂』の大石誠之助を観ているだけに、懐かしく興味深かった。
 前回の感想でも鴎外役の金田明夫とその母峰を演じた大方斐紗子の演技に感嘆したと記しているが、今回は木野花の峰が強烈な印象で、特に最後の方で、鴎外が山懸公に直訴に行こうとするのを命がけで阻止する白装束で薙刀を振るう峰や、前半部での嫁のしげとの嫁姑のバトルは大いに見ものであった。
 出演は、鴎外の松尾貴史、妻しげの瀬戸さおり、母峰の木野花、永井荷風の味方良介、鴎外の親友賀古鶴所に池田成志、雑誌『すばる』の編集長で大逆事件の弁護士の一人になる平出に淵野右登、女中のスエに木下愛華の7名が、それぞれの役柄を好演。
 上演時間は、途中10分間の休憩をはさんで、2時間35分。
 単に政治的な問題だけでなく鴎外の人間性の側面を含めドラマとしての面白さと共に、この劇を観て大いに反省させられたのは、すべての点において余りにも自分が知らな過ぎるということであった。

 

作・演出/永井 愛、美術/大田 創
11月18日(木)13時開演、東京芸術劇場シアターウェスト、チケット:6000円、座席:E列15番

 

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