高木登 観劇日記2021年別館 目次ページへ
 
   第49回名作劇場ー No. 99『鰤』、No. 100 『貧乏神物語』    No. 2021-023
 

 コロナで待つこと二年越し、川和孝企画演出の日本近・現代秀作短編劇100本シリーズ「名作劇場」、最後となる99、100作目の公演をやっと観ることができた。
 その第1回目は1994年11月、小山内薫作『息子』から始まり、その掉尾を飾るのは、99作目が古川良範作の『鰤』、100作目が御莊金吾作の『貧乏神物語』、しかし、この企画演出者の川和孝は、今年1月に病で帰らぬ人となっていた。
にもかかわらず、この名作劇場で長年演出助手を務めていた佐藤大幸が川和の志を引き継いでこの公演を実現させてくれたことに何よりも感謝したいし、川和孝に対してもいちばんの供養となることだろう。
 自分がこの名作劇場を知ったのは、今回『貧乏神物語』で主演している女鹿伸樹が出演するということで紹介された2014年10月の第39回公演からで、それから今回までずっと見続けてきて、この名作劇場のことをもっと早くから知っておればと悔しい思いをしたものだった。それほど気に入ったのだ。
 舞台装置も作品もレトロ風で昭和の懐かしい雰囲気がして、これぞ「芝居」というものを楽しませてくれてきた。
 シアターX(カイ)の芸術監督でプロデューサーの上田美佐子が、今回のプログラムに寄稿している「100本完走への賛辞」の文の中で第一作目のプログラムに寄稿した文章を一部再録しているが、そのなかで、ポーランドの俳優で演出家のヤン・ペシェクの「俳優とは生涯、芝居(演技)をしたがる自分との戦いである」という言葉の引用が、今回の『貧乏神物語』の主演の貧乏神を演じた女鹿伸樹に対して、強く、ひしひしと感じ取られた。
 これまで観てきたどの作品も地味ではあるも珠玉の輝きを持っていたが、今回の2作も忘れがたい作品として記憶に残されるものとなるだろう。

 「岸壁の母」のメロディーにのせて開幕する『鰤』は、終戦後4年目にして満州から京都の舞鶴に引揚船で帰ってきた息子を待つ家族の物語で、その中で家族問題が凝縮されてあぶり出される。
 長男照一(根本明宏)の引揚船からの帰りを待ちわびる母(河崎早春)、祖父の代から続く郵便局の運営を切り盛りする次女敏江(奥泉愛子)、敏江の叔父茂(中野順二)、次男安彦(須賀大輔)を中心にして舞台は展開する。
 舞鶴に着いたという知らせから1週間しても帰ってこない息子を待ち続ける母親の不安な心境と心理、次女敏江は長男照一の嫁千代子(田中香子)との折り合いが悪く、そのせいで千代子は家を飛び出して実家に戻ったままで、電報で照一の帰国を知らせてもいまだに戻って来ていないという問題を抱え込んでおり、その問題に対して母の川崎早春、茂の中野順二、敏江の奥泉愛子の3人が交わす緊張感のある会話と演技が見どころとなっていて、その3人が好演。
 キャストは、Cグループ。
 上演時間は1時間。次の『貧乏神物語』まで15分間の休憩。

 『貧乏神物語』は川和孝の解説によると、エノケン劇団文芸部に属していた座付き作者、御莊金吾がスターの重圧に悩みつづけていたある種の反抗からエノケンのために書かれた作品ということであるが、なぜかエノケンは上演しなかったという。
 開幕と同時に飛び出してくる貧乏神に扮する女鹿伸樹の演技は、そういえばエノケンを彷彿させるイメージがあって、思わずその世界に引き込まれていった。
 話そのものは落語そのままで、貧乏神に取りつかれた大沼雪夫(根岸光太郎)が一年以上も家賃を滞納して大家の岩見沢(菅原司)から今日にも追い出されそうなところから始まる。
 懇願の末、追い出されるまで5日間の猶予を貰った大沼の家に泥棒が入るが、家の中には何もなく、泥棒は結局、持っていた酒と弁当を大沼にやってしまって、ほうほうのていで退散する。
 貧乏神に縁切りをした大沼は、その貧乏神から大金持ちとなる復讐を受ける。
 大沼は、どういういきさつかは不明であるが、大金持ちで資産家の娘、旭川花子(鷹觜喜代子)と結婚する。
 彼女と結婚してからというもの、かつてはギャンブルで負けてばかりだったのがすべて勝ち続け、何をしてもお金は減らぬどころか増えるばかりで、大沼はお金にうんざりしてしまう。
 そこへもってきて花子の父親が亡くなって1千億円の遺産金までが転がり込んでくることになる。
 そんなときに、貧乏暮らしをしていた時に入られた泥棒(村瀬知之)が現れ、大沼はかつての酒と弁当の礼を言うが泥棒はそんなことは覚えてもいない。
 花子と大沼の二人からお金はいくらでもやると言われた泥棒は、二人が気違いだと思い込んでしまうが、見回りの巡査(藤本至)に見つかり追われてしまう。
 大沼は貧乏時代が懐かしくなり、再び現れた貧乏神と仲直りして終わるという、まことに落語、落語した話である。
 名作劇場ではおなじみの出演者で今回が30作目の出演となる大沼雪夫を演じる根岸光太郎に精彩がなく、台詞もつかえていたのがひどく気になったが、彼はこの公演2か月前に心筋梗塞で手術を受けており、稽古も十分できなかっただけでなく、台詞も覚えられない状態であったということを知って納得した。
 彼としても残念で不本意であったことと思う。
 しかし、彼はこのシリーズには欠かせない貴重な存在の一人でもありで、最後の作品に出演でき、その姿を見ることができたことはほんとうによかった。
 上演時間は、1時間。

 コロナによる上演延期や、このシリーズの企画演出者川和孝の死といい、おなじみの出演者の病気の不幸といい、最後の最後に一大ドラマがあったものの、無事、100作まで完走できたことを何より喜びとしたい。
 そして、この名作劇場を紹介してくれたうえ、最後の100作目の主演としてその名演技をたっぷりと味あわせてくれた女鹿伸樹にも感謝と賛辞をお贈りしたい。
繰り返しになるが、川和孝の意志(遺志)を引き継いで無事公演にこぎつけてくれた佐藤大幸にも感謝したい。
 その上で、今度は彼が次の名作劇場を展開してくれることを切に願っている。
 川和孝のご冥福を祈ると共に、感謝の言葉を捧げる。
 そして、このシリーズ出演者、関係者の方々にも、一観客として、感謝の言葉を捧げます。

 

企画・演出/川和 孝・佐藤大幸、演出/佐藤大幸、美術/岡田道哉
『鰤』作/古川良範、『貧乏神物語』作/御莊金吾
11月4日(木)14時開演、両国・シアターX、チケット:3500円(シニア)、全席自由席

 

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