高木登 観劇日記2021年別館 目次ページへ
 
   映像劇団テンアンツ第6回東京公演 『ヌーのコインロッカーは使用禁止』 No. 2021-022
 

 劇団名もユニークだが、上西雄大のタイトルが独特で予測不能の面白さがある。
 落語の前座のような開演前の「マエセツ」も独特な雰囲気で楽しませてくれ、開演の待ち時間に、も一つ演目を楽しませてもらえるようで儲けた気分になる。
 そのマエセツで上演時間が3時間40分と聞いてその長さに思わず「えっ!?」と驚かされてしまうが、マエセツさんの言う通り、目まぐるしく展開する短いエピソードの一つ一つがコントのように面白く時間の経つのも忘れてしまう。
 前半部の1幕目は笑いの連続で楽しませてくれ、2幕目の後半部は少しセンチな気分となって感動的な気分で思わず目頭が熱くなってしまった。
 裏に何も秘めていないのでこの場を楽しむだけでいいというマエセツの口上であったが、ソフトに包みこんでいるものの辛口の社会時評てきなことなども盛り込ませてあって、結構考えさせられる場面もあった。
 いや、社会世相という点ではこの劇のタイトルに含まれている「コインロッカー」そのものが「コインロッカー・ベイビー」を表象するもので、さらにはそのコインロッカー・ベイビーであるヌーが発達障害児でもあるということからさらに現在の社会世相を反映するものにつながっていき、しかもその中に社会批評を含ませているという良質なエンターテインメント劇であった。
 一つ一つのエピソードが独立した面白さを形成するコントとなっていて、しかもそれが一つの方向に集約されていって、「ヌー」と「カーブ」の友愛物語となっている。
 劇の発端のコントは耳の遠い意地悪ばあさん(有賀さやか)のタバコ屋を前にしての場面で、この劇の主人公の表象であるコインロッカーとその持主ヒロキ(小松遼太)、そして元高校野球児の「カーブ」こと黒迫和眞(上西雄大)が登場し、下手側に、トットちゃんの髪形を模した霊能力者(岩見理奈)と、上手側の立ち飲み屋に酒を飲んでいる客(磯貝誠)がいるところから始まる。
 立ち飲み屋の店の名は「ベルサイユ」、そこの主人(汐見真帆)と店員(朝井莉名)は同性愛の仲で、女主人は客の注文によって「ベルサイユのばら」のオスカーとなり、テキーラの注文にはフラメンコの女へと変化(へんげ)し、元宝塚女優の汐見真帆が宝塚演技をたっぷりと堪能させて楽しませてくれたのが大いなる見どころの一つでもあった。
 ラーメン屋の場面では、はじめはまったく気づかなかったほど見事に化けた倉橋秀美のラーメン屋の主人とその店員を霊能力者をも演じる岩見理奈が演じ、この場のコントを笑いで楽しませてくれる。
 凄みのきいた場面としては、カーブがお金のために高校時代の親友で今はヤクザの親分木嶋((剣持直明)を訪ね、そこでカーブは覚せい剤の売人となり、いろいろな面倒事に引き込まれる。
カーブがお金を必要としていたのは、別れた妻との間の娘のための大学のための資金であった。
 高校時代、カーブはピッチャーで、木嶋はキャッチャー、あと1試合というところで二人は甲子園出場を逃し、二人の友情はそこで培われたもので、ヤクザという世界の中ではあるが、二人の関係の温かみを感じさせる。
 肝心の主筋では、「ヌー」と「カーブ」の関係はコインロッカーの話から結ばれ、カーブはヌーの描いた絵を自分の絵としてブログに掲載し、その絵がとんでもない高値で売れることになり、カーブはその絵を譲り受けるためにヌーを親友にすることを持ち掛け、成功する。
 それからというもの、カーブはヌーにとっての唯一の友だち、親友であり、家族となる。
 ヌーの生い立ちを知ったカーブは、食事にラーメン屋に誘ったり、ヌーの絵を売って得たお金でヌーを東京タワーに連れて行ったりといろいろと面倒をみるが、市の職員瀬戸さん(橘レイア)はヌーをカーブから引き離そうとする。
 そんなヌーがある時突然倒れ、重度の白血病であることが判明する。
 ベッドに横たわっているヌーが養護施設の職員の名前を出して、彼だけには自分が入院している場所を教えないでと懇願したことから、施設での虐待と性的被害を知り、カーブは怒りでその職員を殴り倒す。
このあたりの話は、現代の世相を反映していて時間として伝わってくる。
 カーブは回復の可能性がほとんどゼロに等しいながらもヌーのために骨髄移植のための提供を医師に申し出るが、奇跡的にも合致して移植が可能となる。
 しかし、折も折、そんなときにカーブは覚せい剤売買の罪で逮捕される。
 木嶋は黙秘を続ければ起訴されずに済むようにすると約束するが、病院を抜け出したヌーが「カーブを返してください」と雨の中、ずぶぬれになりながら待ったことで危篤に陥ってしまう。
 そのことを知ったカーブは木嶋との約束を反故にして覚せい剤のことを洗いざらい白状して釈放される。
 木嶋はそのことを寛容にも許し、ふたりはキャッチャボールのまねごとをして別れる。
 カーブの骨髄提供も無駄に帰し、ヌーは亡くなってしまう。
 上西雄大の劇はアンハッピーでは終わらないのにと、熱い目頭を抑えながらもカーブ―の「ヌー」という悲痛な叫び声を聴かされ、舞台一面が照明のハレーションで白色化した光景の中で、天使となったヌーの姿を見、その声を聞くことになる。
 しかし、そこに奇跡が待っていた。
 霊能力者のトットちゃん女占師は実は天使で、居酒屋でいつも飲んでいた客は、神さまであった。
 この劇は、ヌーの役がダブルキャストで、自分が観たTチーム(虎)では徳竹未夏がヌーで、物語の進行役を務める犬のポッチに、Fチーム(龍)でヌーを演じる古川藍が演じ、ふたりはそれぞれ入れ替わって演じる。
 また、居酒屋の客の磯貝誠とホームレスの岡田謙の二人もTとFで入れ替わって演じる。 
 磯貝誠はかつての木山事務所、現在はPカンパニーの一員でもあり昔から知っている役者でもあって、今回のこのような意外な場での出演に懐かしさと嬉しさを抱きながら見させてもらった。
 総勢36名にも上る大勢の出演者と、その多彩な演技を十二分に楽しませてもらった3時間40分(途中15分間の休憩)であった。

 

作・演出/上西雄大、美術/西本卓也
10月11日(月)13時開演、下北沢・「劇」小劇場、チケット:5900円

 

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