高木登 観劇日記2021年別館 目次ページへ
 
   名取事務所25周年記念公演第2作目 『に佇む』      No. 2021-021
 

 開演前に演出の内藤裕子によるプレトーク。
 はじめに、ウェルメイド作家に事件性の劇を公演する名取事務所との組み合わせに演劇関係のジャーナリズムからも意外に思われただけでなく、持ち込まれたテーマ「丸山ワクチン」についても全く知らなかったことが語られ、観客に対しても丸山ワクチンについて聞いたことがあるかどうか挙手させると、年配者が多いこともあってかなりの人が手を挙げた。
 丸山ワクチンに関する疑問と憤り(?!)がこの芝居を作ることに動機となっただけではなく、丸山ワクチンについて何も知らなかったという内藤裕子に脚本を書かせ、演出をさせたというプロデューサーの名取敏行の慧眼に感銘を受けた。
 解決のない内容であるだけに完全なハッピーエンドはあり得ないが、事件性のあるスリルとサスペンスを多分に併せ持ったウェルメイド作家らしい家庭劇としての安堵感をもって観終えることができ、『灯に佇む』というタイトルが、この劇の終わりを象徴的に表象しているように感じた。
 登場人物は、医は仁術ということを身を持って体現しているような開業医篠田医院の元医院長、彼とは病院経営が対称的な息子の現医院長、妹の看護師真由美、篠田医院の看護師津山、そして製薬会社のMR野原、癌患者の町村紘一とその息子肇の7人。
 MRの野原がコロス、あるいは序詞役のようにして医療関係の実態や難しい医薬に関する説明役を演じる。
 癌患者の町村は長い間疎遠になっていた篠田医院のもとを訪れるが、なぜ疎遠になっていたかがその時点で明らかにされず、その問題を含めて話がサスペンス風に展開していく。
 手術の見込みもない町村に対し、看護師の津山が丸山ワクチンを勧めるが、これが事件の発端となり、町村の息子が篠田医院に一切かかわってくれるなと言って押しかけて来る。
 津山自身が乳癌で化学療法の副反応で苦しんでいたのが丸山ワクチンで全治し、その治療に理解を示してくれたのが篠田元医院長であった。
 ほとんどの医者が非承認薬の丸山ワクチンの使用を拒否するだけでなく、丸山ワクチンを使用するなら担当医をしないと突き放し、町村の場合も同じであった。
 町村の妻も癌で亡くなっていたが、彼女は副反応の強い抗がん剤の使用を止めたいと思っていながらも家族の願いを受け入れ、苦しんだあげくに亡くなったのだった。
その彼女が、家族に言えないために篠田に抗がん剤治療を止めたいと相談した結果、彼が彼女の家族に抗がん剤治療を止めるように言ったことがしこりとなって、町村の家族と疎遠になってしまったことが判明する。
 そして今度は当の町村自身が胃がんで同じような状態になり丸山ワクチンの治療を望むが、息子の反対にあう。
 篠田は町村の気持を汲みながらも家族全体の気持を考え、丸山ワクチンの使用を推し進めない。
 訪問医療で篠田は町村の最後を看取り、帰院後深く考え込んでいるところを息子の医院長と、担当していた患者の死について語り合う。
 患者を死なせてしまったことは果たして敗北であるのかどうか。
 篠田は、人間は必ず死ぬものであるから必ずしも敗北ではないと語り、息子の医院長は勤務医として働いていた時の患者のしについて惨めな敗北感を感じたことを語る。
 丸山ワクチンをめぐって医療行政の問題点、患者をじっくり診察すればするほど病院経営は苦しくなり赤字となる医療の矛盾など、医療をめぐるさまざまな問題点が浮き彫りにされる。
 看護師の真由美が一人残っている篠田医院にMRの野原がやって来て、製薬会社を辞めたという。
 真由美は、訪問医療を始めて人手が必要になった篠田医院で働く気はないかと尋ねると、野原は二もなく応じる。
 患者の死で終わってしまえば暗い悲劇だが、篠田医院の訪問医療への新たな船出を感じさせるこの締めくくりに、一抹の安堵感を感じさせられるのだった。
 一人一人の出演者の演技がみなすばらしく、その演技の一つ一つに、あるいは感動したり、憤りを感じさせられたり、ドキドキハラハラと楽しませてもらった。
 篠田医院の元医院長に田代隆秀、その息子に加藤頼、真由美に谷芙柚、看護師津山に鬼頭典子、MRの野原に歌川貴賀志、町村紘一に山口眞司、その息子肇に岩崎正寛。
 上演時間は、1時間45分。

 

作・演出/内藤裕子、美術/内山 勉
9月27日(月)15時開演、下北沢・小劇場B1、
チケット:3500円(シニア)、座席:I列9番

 

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