高木登 観劇日記2021年別館 目次ページへ
 
   演劇集団ワンダーランド・第48回公演 『アチャラカ』
           昭和の喜劇人、古川ロッパ、ハリキる    
     No. 2021-002
 

 昭和の喜劇役者古川ロッパの人物評伝劇であるが、筋立ての中で現在の演劇界が置かれた状況と重なる部分があり、作者・演出者の隠された意図があらわに感じられる劇でもある。
 舞台は太平洋戦争末期の1945年、戦前の喜劇王古川ロッパと今や日の出の勢いの人気喜劇役者榎本健一との初めての共演による喜劇「忠臣蔵」公演をめぐってのエピソードを縦糸に展開していく。
 この共演は今は人気凋落傾向にあるロッパだけでは客が呼べないと会社(東宝)が企画したものであるが、エノケンをライバル視しているロッパにはそのことが耐えがたく、稽古場の雰囲気も険悪となっている。
 ロッパのエノケンに対するライバル心は、6歳から芸能人として育ってきた根っからの喜劇役者としてのエノケンの才能に対するコンプレックスと、自身のハイソサエティとしての出自とインテリジェンスのプライドがないまぜとなって心の葛藤からきている。
その心の葛藤を「影のロッパ」として登場させ、編集者であった過去の自分と今の喜劇役者としての自分とを対峙させることで表象化する。
劇場内でのそんな軋轢のゴタゴタに加えて、時局下における喜劇上演に対し憲兵と婦人会から公演中止を求める横やりが入ってくる。が、ロッパは逆に反骨精神がむき出して上演決行を決意し、エノケンにも頭を下げて協力を求め、公演前に婦人会のメンバーと憲兵隊員を招いて彼らの前で上演することを企む。
 「影のロッパ」がこの公演中止要請に関して時局説明をするが、そのとき、舞台上演の自粛に関してこの戦時下における例に加えて昭和天皇の大喪の礼の時の礼を挙げて説明する。あえて今のコロナ禍における自粛に関して言及しないが、しないだけにそれだけ強く元凶に対する、しなやかな批判的精神を感じさせる。
 ロッパの目論見は見事達成され、喜劇上演の許可がなされたのもつかの間、空襲の為劇場も何もかも焼け崩れてしまう。しかし、焼け野原を舞台に全員の協力で喜劇「忠臣蔵」の公演は無事行われ、ロッパとエノケンは再びライバルとして気持のよい別れをする。
 横糸としてのロッパの人物像は「影のロッパ」と劇団員との会話の中で赤裸々に描かれる。
 ロッパには美食家としての食い意地の汚さ、お金への執着心、下のものに対する思いやりのなさ等々さまざまなエピソードが残されているが、それらのエピソードをロッパ演じる岡本高英が体全体を張って顕現し好演する。
 人間性としては決して好まれる存在ではないロッパではあったが、劇中での彼への救いは彼の喜劇が知らずして人の命を救っていたという小さなエピソードが挟まれていることであった。
 そのエピソードとは、ロッパに弟子入りしていて一向に芸がうまくならない女優のアチャカは、貧乏のどん底で母親と一家心中で首をくくろうとしていた時、ロッパの番組がラジオから流れてきて、そのおかしさに笑いが止まらず自殺を思いとどまって、今では母親は小さな食堂を経営するまでになり、アチャカはロッパを尊敬して弟子入りしたことを打ち明ける話である。
 岡本高英のロッパがあまりにリアルで見事だったのに対し、エノケン役の藤井亮輔は若いせいか、自分が思っているエノケンのイメージとはかけ離れていて、寧ろ欽ちゃんこと萩本欽一の方に近い感じがした。
 そのほかの主だった出演者に、霍本晋規が菊田一夫、笠倉祥文が東宝の大澤社長、濱田晃成が影のロッパなど総勢13名、それに生演奏のバンドが4名。
 コロナ非常事態宣言を受けて公演はコロナ対策で観客数を減らしただけでなく、昼間の公演を無料にして投げ銭にしての上演であった。1000円以上の投げ銭に対して、竹内一郎の近著『あなたはなぜ誤解されるのか』(新潮新書、2001年1月20日刊)が無料で配布された。
 上演時間は、休憩なしで1時間50分。

作・演出/竹内一郎
1月29日(金)14時開演、中野・劇場MOMO


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