高木登 観劇日記2021年別館 目次ページへ
 
    新国立劇場フルオーディション第二弾 『反応工程』       No. 2021-016
 

 昨年4月に公演予定であったのが緊急事態宣言の発令で中止となり、今回上演されることになったものもの、東京は4回目の緊急事態宣言のさ中となり、状況は昨年とまったく変わらない。
 宮本研の戯曲は『美しきものの伝説』で知られるように、重厚で構成ががっちりとしていて見ごたえがあると思っているので、公演が中止になった時にはがっかりしたものだったが、このような状況ながらも、今回上演されて無事に観ることができたのは幸いであった。
 この劇は、九州のある化学工場を舞台にして、1945年8月の終戦直前の日々と、終戦の翌年、1946年3月のある日のことを描いている。
 この工場はもともと染料工場であったが、戦時下でロケット砲の推進薬や爆薬を作る工場に変えられ、登場人物は、その反応工程に従事するこの会社の従業員と勤労動員された学生たちである。
 見終わった後、しばらく感想も書けないほど重たいものが心の底にどっぷりと残っていて、この観劇日記も2日置いてやっと書き始めている。
 学徒で班長を務める田宮と、工場の責任工の荒尾の二人が二極的に印象に残っている。
 動員学徒の田宮は、思想的に特に偏向的であるわけではないが、工場の勤労課の太宰から借りた本を熱心に読んでいる。
 その本はいわゆる禁書本で、赤紙がきて徴兵されることになった学徒の影山が徴兵忌避で逃亡したのをきっかけに寮の家宅捜査で、田宮の所有物の中から見つかってしまう。
 監督教官は、本の持ち主を言えば憲兵も穏便に済ますと言っていると言って田宮に貸主を告げることを促すが、彼は頑なに拒む。
 工場の見張勤務で責任工の荒尾の娘、田宮の恋人である正枝が、太宰に自首して出るように頼み、田宮はそのことを知らないまま無事に危機を脱するが、太宰が捕まった事実を知った後、憲兵に加担した監督教官を責める。
 終戦を3日前にして田宮にも赤紙がきて出征することになる。
 そして、それから半年以上過ぎたある日、工場ではGHQの指示で結成された組合の大会の日、勤労課の太宰は組合の委員長となっていてその準備に忙しい中、田宮がひょっこりと会社に顔を出す。
 終戦後、これまでの態度を180度転換し民主主義を声高に標榜する日和見主義の監督教官を辞めさせられ、田宮は時代の価値観の変化に戸惑ってついていけず、大学には行かないと言う。
 この、真っ正直な生き方、真っ正直な考えの持ち主である田宮が、この劇の核心ともなって息苦しく迫ってくる一方、会社の職工として30年間、染色工場の機械と共に過ごしてきた荒尾は、会社の変化に取り残され、人員整理の要員の一人となっている。
 その荒尾が、田宮に自分の家に泊って行けと言い、「一人住まいだから遠慮はいらない」と言う。
 娘の正枝はどうしたのだろうか、と一瞬考えさせられるのだが、荒尾はぽつりと一言、正枝が終戦の前に亡くなったことを告げる。
その荒尾を演じる有福正志の演技が、緊張度の高い舞台の緊張の息をふっと抜いてくれる、その空気のような存在感が何とも言えずよかった。
そして、正枝の死を聞いた後、観客席を背に舞台中央にたたずむ田宮を、いっぱいの照明が照らし出し、まるで原爆の閃光かと感じさせて最後の暗転となり、舞台はそのまま終わる。
この劇の始まりには長い空襲警報が聞こえ、終わりにも会社の長いサイレンの音が聞こえるのがいかにも象徴的な雰囲気であった。
 出演は、全員がオーディションで選ばれた俳優たちで、動員学徒の田宮に久保田響介、反応工程現場担当係長に文学座の高橋ひろし、ほか総勢14名。
 上演時間は、休憩20分を挟んで、2時間40分


作/宮本 研、演出/千葉哲也、美術/伊藤雅子
7月15日(木)14時開演、新国立劇場・小劇場、チケット:3135円、座席:LB列24番、
プログラム:800円


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