高木登 観劇日記2021年別館 目次ページへ
 
    劇団俳優座公演 No.346 『インク』             No. 2021-012
 

 どこまでが真実でどこまでがフィクションか分からないが、実話をもとにした生々しい劇としてのスリルとサスペンス感のある展開で、ぐいぐいとひきつけられていった。
 日刊紙「The Sun」を買収したルパート・マードックが元「The Daily Mirror」の記者であったラリー・ラムを編集長に迎える交渉の場面からサスペンス風に始まっていく。
 ラリーは1年以内に「The Daily Mirror」の発行部数を抜くことを使命とされるが、「The Sun」の現状は世界一の発行部数を誇る「The Daily Mirror」の10分の1にも満たないだけでなく、減少の一途をたどっている。
 ラリーの最初の仕事は、有能な記者をすべて元の親会社「The Daily Mirror」から引き抜かれた人材の補充から始まり、「The Sun」の発行部数をあげる方策を考え出すことに知恵を絞り、新聞のサイズをタブロイド判に変えることにする。
 これまでの大衆を啓蒙する新聞の内容を大衆が好むものへと切り替え、中身は「The Daily Mirror」を換骨奪胎した模倣記事で内容を追及する「Why」を無視したもので、初日の発行部数はこれまでの部数を大幅に上回るものとなり、滑り出しは問題を抱えながらもまずまずの成果であった。
 その後も順調に部数をあげていき、「Mirror」の発行部数に肉薄していくが、期限の1年が3日後と迫ってくる。
 ラリーは若い女性のヌードを入れることにし、そのことを副編集長以外には印刷が仕上がるまで誰にも秘密に伏せられる。
 手段方策を問わなかったマードックもさすがにこのヌード写真の掲載には強い嫌悪と反対の意志表示をするが、二人の意見の対立の前に、「The Sun」が「The Daily Mirror」の発行部数をついに抜き去った知らせがもたらされる。
 しかし、新聞人としての自分の墓碑銘がこの低俗な汚名を帯びることになるであろうことを憂えて、ラリーの表情はさえない。
 新聞の使命とは何か?
 ラリーは大衆の隠れた欲望、「見たい」ものを見せたことで発行部数をあげるということでは成功した。
 しかし、新聞が求めるものが数だけでよいものか。
ビジネスとして成り立つためには発行部数も必要であろうが、新聞の使命はどこにあるか、ということを考えさせられる。
 現実の問題として、今、香港では中国政府を批判する「りんご日報」が当局による資産凍結により廃刊へと追い込まれようとしていることを考える時、なおさらに考えさせられてしまう。 
出演は、ラリーに志村史人、ルパートに千賀功嗣、「The Daily Mirror」の社主ヒュー・カドリップに加藤佳男、ほか河内浩、塩山誠司、山下裕子、安藤みどりなどが複数役をし、総勢13名。
ドラマの面白さだけでなくいろいろと考えさせられた劇でもあった。
 上演時間は、途中10分間休憩を入れて、3時間。

 

脚本/ジェイムズ・グレアム、翻訳/小田島恒志、演出/眞鍋卓嗣、美術/杉山至、映像/新保瑛加
6月20日(日)14時開演、劇団俳優座5F稽古場、チケット:4800円、座席:3列20番


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