高木登 観劇日記2021年別館 目次ページへ
 
    新国立劇場「人を思うちから」シリーズ・其の参 『キネマの天地』   No. 2021-010
 

 ミステリー仕立ての劇で、一旦筋が分かってしまうと話の展開より登場人物を演じる役者の演技に関心と興味が移る。
 時と場所は、昭和10年の築地東京劇場。
 超大作・松竹特作豪華版映画『諏訪峠』の打ち合わせと称して、4人の看板スター女優が呼び出されてやってくる。
登場の順番は、シリーズの娘役で人気沸騰中の準幹部女優・田中小春、続いて雨の毒婦シリーズで人気を博している幹部女優・滝沢菊枝、次にお母さんシリーズで有名な大幹部待遇の徳川菊枝、最後に登場するのは鎌田の大幹部女優で日本映画界を代表する大スター立花かず子。
この4人を演じるのが実際の俳優歴キャリアの順で、デビューが最も浅い趣里、続いて鈴木杏、そして那須佐代子、最後に高橋惠子。
4人はてっきり『諏訪峠』の打ち合わせと思っていたところ、1年前に上演中突然死した女優の松井チエ子の一周忌記念興行として『豚草物語』の再演を、松井の夫である映画監督の小倉虎吉郎が持ち出す。
松井チエ子の死は持病からきた心臓発作として処理されていたのだが、実は舞台上で殺されたとして犯人捜しを目的に小倉監督が万年下積み役者の尾上竹之助を刑事役として、『豚草物語』の稽古中に犯人捜しをさせる。
チエ子が亡くなる前の一週間の日記に「KTに殺される」と書かれており、集まった4人の女優の名前のイニシャルが全員KTで、誰もが犯人の可能性があり、一人一人追及されていく。
この犯人捜しの間に4人の女優たちのお互いへの嫉妬と確執が露わにされていくが、刑事演じる竹之助が犯人追及の場で語る演劇論、人間讃歌、「人間はすばらしい」という台詞がこの劇の核心として表出される。
しかし、思わぬところで刑事役の尾上竹之助がボロを出し、松井チエ子殺しの真犯人と判明する。
 彼が松井チエ子殺人の真犯人として助監督の島田健二郎に連れ去られる際に舞台に向かって語る台詞が心に残る。
「あばよ、舞台よ。さらば埃臭い匂いよ。さようなら、スポットライトにフットライトよ。グッバイ、がらくたの小道具よ。ハムレットよ、オセロよ、リア王よ、ロミオよ、助六よ、フォルスタッフよ、大星由良助よ、シラノよ、フィガロよ、アーダムよ、間寛一よ。わたしの演じられなかった役よ、みんな元気でな。」
 この後で、この犯人捜しの真の目的が明らかにされ、竹之助は『諏訪峠』での刑事役を貰うために演じたことが分かるのだが、小倉からこの演技が「くさい芝居」と評される。
 がっくりと肩を落として竹之助は、ふたたび「あばよ、舞台よ、さらば埃くさい匂いよ、さようなら、スポットライトにフットライトよ・・・・」と先ほどと同じセリフを繰り返し、助監督の島田が舞台上のありとあらゆる照明をつけてまわる。
 竹之助はその溢れる光の中でリアリズムの演技を続け、その声が続く中ですべての照明が落ちて幕となる。
 4人の大女優が主役を張り合いながらいつの間にか脇役を演じる側に回っており、思いのままに演技を演じる尾上竹之助役の佐藤誓が一番美味しい役を楽しみ、観客としてもそれを楽しむことができる、どんでん返しの劇。
 映画監督の小倉虎吉郎には千葉哲也、助監督の島田健二郎には章平、全員で7名の出演。
 上演時間は、途中20分の休憩を入れて2時間30分。

 

作/井上ひさし、演出/小川絵梨子、美術/池宮城直美
6月17日(木)14時開演、新国立劇場・小劇場
チケット:(B席・シニア)3135円、座席:LB列25番、プログラム:800円


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