高木登 観劇日記2020年 トップページへ
 
   名取事務所公演・韓国現代演劇 『少年Bが住む家』        No. 2020-009
 

 作者の言葉、「この戯曲は殺人犯である加害者とその家族の物語です。この題材を扱うことによって、生半可な理解や和解を示すとか、なにかの結論を引き出すのではなく、一緒に考えてみたいと思いました。少年犯罪者の家庭復帰率は少ないと言われています。我が子の罪と対面しそれを抱えて生きていかねばならない人生とはいかなるものか。一生十字架を背負いながら生きていかねばならない人生とはいかなるものなのか。生きていくために、もがきあがくありのままの人間の姿を見てください。終演後、このような人々の生き方について考えて見ていただけたらと願っています」。
 長い引用になったが、観劇後の感想は作者のこの言葉に集約される。
 14歳の少年が仲の良い友達を殺し、土中に埋め、殺人と遺体遺棄で7年の実刑を受け、模範囚として1年半の保護観察処分を受けたところからこの劇は始まる。
 少年デファンは、今は20歳。夜中に寝むれず昼間も家に閉じこもって寝ている生活をしている。父親は、自立できるようにと自動車整備の勉強をさせる。母親は少年が殺人を犯すような子になったのは自分のせいだと思い悩み続け、事件の後、近所の非難や中傷にいつもおびえた生活を送ってきている。
 朝食時、ペアレント・トレーニングの講師をしているという若い主婦が向かいに引き越してきたと挨拶に来て、トレーニングの参加に誘い、母親は、参加を考える。
 少年には8歳年上の姉ユナがいて、事件の後家を出て自立しているが、ある日、サプライズがあると言って訪ねて来る。サプライズは少年の家族全員をチェジュ島旅行に誘い出すことだった。
 この日は保護観察官の訪問日であったが、監察官の車が帰る途中で故障し、デファンの父親に助けを求め、父親はデファンを一人で修理に向かわせる。
 無事に修理を済ませたデファンは、帰り道、雪の中バスを待っている向かいの奥さんを便乗させるが、デファンが数年前の殺人事件の当事者であることを知らず、その主婦はデファンに、殺人犯の母親をペアレント・トレーニングに誘ったことを後悔し、断る口実に困っていることを話す。デファンは、主婦の家の前に着くと、彼女に自分の口からはっきり自分の母親に言うようにと言うと、主婦は仰天して腰を抜かさんばかりに早々に立ち去る。
 デファンはそのまま家に戻らず、自分の心の中に住む14歳の時の自分(少年B)と対話し、自分のしたことが許されることのない行為であることをもう一人の自分から責めさいなまれ、チェーンで自分の首を絞める。(僕は、タイトルに入っている少年Bを、この劇を観るまで殺された少年の亡霊だと想像していた)
 幸い命に別条のなかったデファンは、病院から自宅に戻るためのバスの番号が分からず、停車場にいた老婆に尋ね、親切に教えてもらった後、その老婆に自分が殺人の罪を犯したことを話しても驚いて逃げなかったことに希望を感じる。
 家に戻ったデファンは、自分が殺した少年の家族に謝罪したいと話すと、これまでにも何度となく訪問しても会っても貰えず追い返され、今は移り住んでどこにいるかも分からないという母親から反対されるが、姉のユナがデファンに紙きれを渡す。
その紙切れにはユナがフェイスブックで偶然見つけたというその家族の住所が記されていた。その住所は、ユナがサプライズと言って家族旅行に誘ったチェジュ島だった。
 母親の反対を押し切ってデファンはチェジュ島に行くことを決心する。
父親が財布から金を出して黙ってデファンに渡すと、デファンは勇気をもって旅立っていく。
 これは韓国の物語として書かれているが、全くよその国の事とは思えない。
 この話は加害者の側の家族の立場から書かれているが、子供を殺された側の家族の側からの視点に立てば、自分でも絶対にデファンを一生許せないと思う。
 被害者の家族も、加害者の家族も、両方ともに一生十字架を背負って生きざるを得ないのではないか、というのが自分の偽らざる思いである。
安易な解決を求めるには、難しく、重いテーマである。それだけに考えさせる劇でもあった。
 折しも日本では29日に法制審議会が、事件にかかわった少年を推定できる「推知報道」を禁じる規定を見直し、18、19歳の少年でも強盗や強制性交などの罪で起訴されれば実名や写真などを報じることが可能となる少年法改正の答申が出された。
そのことの可否はさておき、この劇では14歳の少年が実刑判決を受けており、韓国の法律がどのようになっているのか気になった。
 出演者は、少年デファンにさいたまネクスト・シアターの竪山隼太、父親に俳優座の田中茂弘、母親に文学座の鬼頭典子、姉ユナにトム・プロジェクトの森川由樹、向かいの主婦に名取事務所の森尾舞、保護観察官に俳優座の斉藤淳、少年Bにフリーの八頭司悠友。
 上演時間は、休憩なしの2時間ちょうど。緊張感のある舞台で、あっという間に2時間が過ぎた感じであった。


作/イ・ボラム、翻訳/シム・ヂョン、演出/眞鍋卓嗣
10月30日(金)14時開演、下北沢・ 小劇場B1、チケット:3500円(シニア)、座席:B列11番


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