高木登 観劇日記2020年 トップページへ
 
   俳優座公演 No. 342 『心の嘘』         No. 2020-008
 

 妻のベスを殺してしまったと弟のフランキーに、取り乱したジェイクからの電話の場面から舞台は始まる。
 フランキーは死んだとは限らない、生死を確かめるべきだと主張するが、ジェイクは死んだと譲らずそのまま電話を切ってしまう。
 場面は転じ、ベスの兄のマイクが、夫の暴力で脳を損傷した妹の看病とリハビリを援助する病院の場面に変る。
 以後の展開は、上手側がジェイクの家族、下手側がベスの家族の家庭の場として、二つの家族物語として交互に交錯しながら展開していく。その中で、この二つの家族の過去と現在の姿があぶり出されていく。
 ある批評家によると、この『心の嘘』(1985)は、シェパードの他の4つの作品、『飢えた階級の呪い』(1976)、『埋められた子供』(1979)、『本物の西部』(1980)、『フール・フォア・ラブ』(1983)の家族物語三部作の結末(結論)だという。
 他の作品を読んだことも観たこともないのでその4つの作品との関係のほどは分からないが、これだけで単独、独立した作品として観ても一向に差し支えない。
 ジェイクの引き起こした家庭内暴力によって、二つの家族の関係も明らかにされていく。
 ベスとジェイクの結婚式には、ベスの父親ベイラーは用事を理由に欠席しているが、その理由というのも鹿狩りで、明らかにその結婚に賛成していなかったことが分かる。
 一方ジェイクの母親ロレインは、ジェイクの妻ベスを名前で呼ぶことは一度もなく、「あの女」としか言わない。
 ジェイクはベスが死んだと信じて疑わず、その妄想の中で自己を喪失しており、母親のもとに引き取られる。
 ジェイクの子供時代の部屋をそのままに残していたロレインは、ジェイクが戻ったことを歓迎するだけでなく、かいがいしく世話をする。
 兄が戻ったことでジェイクの妹サリーはいったんは家を出て行くが、また戻ってくる。
 ジェイクの弟フランキーは、ベスの生死を確かめようと彼女の両親の家を訪ねて行くが、鹿狩りをしていたベイラーに森の中で鹿と間違えられ、足を撃たれる。
 ベスはフランキーの声を聴いたことがある声だと言って彼を看病するが、脳に損傷を受けた彼女は、彼に、兄のマイクが彼女の脳を取り出して自分の頭の中は空っぽだと訴える。
 ロレインの夫は事故死だということになっているが、家出から戻って来たサリーが母親に真実を打ち明ける。
 かつて、サリーとジェイクは失踪した父親を訪ねて行き、ジェイクはアル中で酒を断っていた父親にテキーラを飲ませ、酔わせたうえで二人でかけっこの競争をし、父親は高速道路で倒れて寝込んでしまったところをトラックに轢かれて死んだという。直接手は下していないもののジェイクが引き起こした事故で、間接殺人ともいえる。
 アル中で妻にかまわず挙句の果ては家を出て行った夫にかえて、ロレインは夫に向ける愛情をジェイクにかけてきて、母親本人が子離れできていないことが察せられる。
 一方ベスの家族では、母親のメグが痴呆症を感じさせ、そのメグの母親もまた痴呆症で亡くなっている。
 夫のベイラーはメグの母親の介護から妻への愛情も消えて、鹿狩りを唯一の楽しみにして生きており、他のことにはほとんど無関心である。
 ベスの様子を伺いに行ったフランキーがいつまでたっても戻らないことから、ジェイクは母親の目を盗んで家を抜け出し、ベスのもとへと向かう。
 ロレインはジェイクが去った家にいるのが耐えられず、サリーと一緒に遠い縁戚がいる町に旅立っていこうとし、思い出の品々を焼却しようとする。
 サリーは物だけを焼くと思っていたが、ロレインは家ごと焼いて、その燃えるのを見て旅立とうと言うのである。
 母親からズボンを隠されたジェイクはパンツ姿に、父親の形見に残されていた国旗を体にまとって抜け出したのだが、森の中で鹿狩りをしていたマイクに見つかり、彼からベスに謝罪させるべく痛めつけられたうえ、家に連れてこられる。
 正気と狂気の間をさまようベスは、フランキーと結婚式をすると言って派手な衣装に着替えて二階から降りてくる。
 そのような場面で、ジェイクとベスの二人はこの舞台上で初めて直接顔を合わせる。
 ジェイクのことが分からないベスに、キスする許しを請うて彼女の額に軽く唇を当て、去っていこうとする。
 その傍らでは、ベイラーはメグに手伝わせてジェイクが腰にまとってきた国旗を丁寧に、正式な形に折りたたんでいき、完成するとその首尾に感動し、その場の状況には何の関心も示さない。
 最後は、メグがその場とは全く関係ない言葉をつぶやき(残念ながらその台詞は聞き落して忘れてしまった)、場面は暗転して幕となる。
 家族(崩壊)物語を超えて、分断社会の縮図を感じさせる舞台で、重たい気分にさせられる舞台であった。
 出演は、ベスに安藤みどり、ジェイクに志村史人、メグに松本潤子、ロレインに斉藤深雪、ベイラーに加藤佳男、フランキーに野々山貴之、マイクに千賀功嗣、サリーに飯見沙織の8名。
 コロナの中、観客席はわずか40席。
 上演時間は、途中休憩15分を入れて、2時間40分。


脚本/サム・シェパード、訳/田中壮太郎、演出/眞鍋卓嗣
9月8日(火)13時30分開演、俳優座劇場5F稽古場、チケット:4800円、座席:2列8番


>>別館トップページへ