高木登 観劇日記2020年 トップページへ
 
   劇団菊地・第6回公演 『泥の子』              No. 2020-014
 

 これまで知らなかった小劇団などの公演は自分から足を運ぶことはめったになく、多くは出演者の関係での観劇の機会を得ることになるが、今回もその例にもれず出演者の一人からの案内によるものであった。
 送ってもらったチラシに、脚色・演出に菊地一浩の名前が出ていて、アカデミック・シェイクスピア・カンパニー以来に初めて彼の名を見て懐かしい気がし、今回は出演者の案内というだけでなく、菊地一浩演出ということにも興味があって期待するものがあった。
 JR新大久保駅から大久保通りを明治通りへと東に10分足らずのところにあるアトリエファンファーレ東新宿という小劇場も初めてであった。
新大久保駅で降りて大久保通りを歩くのも初めてで、知識としては知っていても実際に足を踏み入れたこともなかっただけに、歩道横に韓国の店(多くは食べ物屋)がひしめいているだけでなく、歩行者であふれ、店の前で順番待ちをしている客の多さにも驚いた。
 劇場は大久保通りと明治通りの交差点にあるファミリーマートの地下で、駅から一本道であったので方向音痴の自分も珍しく迷わずにたどり着いた。
 劇場の入り口は真っ暗で鳥目の自分には中の様子が全く見えず、入り口から観客席までは出演者の一人、「婆」役に手を取ってもらって入ることができ、例によって最前列をゲット。
 公演のチラシには「敗戦から3年、焼け跡に残った倉庫跡、ドヤに住まう人間たちの愚かしくも愛しい生命の唄」とあり、その倉庫跡に住まう登場人物たちはお互いの本名は知らず、通り名で呼び合っている。
 戦争で二人の息子を亡くし、二人の墓を建てるために家賃を強欲に取り立てる倉庫跡の家主の婆、空襲によって刑務所が焼けて脱走した死刑囚であるのを隠し、戦中に自分が痛めつけた左翼の復讐を恐れて盲目を装い続ける元検事を自称する黒先生、かっぱらいを日々の糧にするカッパ、父親を捜し求め続けている復員帽、文学者気取りでバルザックの小説の中の言葉を口にするヒロポン中毒のポン中、彼はマッチ売りの少女に触発されて共産党員になるが、組織に絶望して脱党して元のヒロポン中に戻る、そして、この劇のヒロイン的存在の姉御とマーボーらの住人を中心として話が展開していく、いうなれば『どん底』のミニ版。
 姉御が自分の為に私娼にまで身を落としたことを知ったマーボーの自殺と、黒先生が自分は検事などではなく死刑囚であったことを誰にというでもなく告白するところで、この劇は終焉を迎える。
 タイトルの「泥の子」は、マーボーを妹同然に可愛がって彼女を生きがいにしている「姉御」が、マーボーの病気を治すために私娼にまで身を落とした汚れた自分の体のことを称して「泥の子」という台詞から取られている。
 ということからも、この劇の主題は「姉御」の生きざまを通して、戦後の一断面を描き出していることが伺える。
 カーテンコールで、黒先生を演じた塚本一郎の観客への感謝の気持と、このような状況下でも演劇を続けていく決意の真摯な言葉が、素朴ながらも心に響いた。 
 出演者は、婆に末次美沙緒、姉御に新井理恵、カッパに山崎剛、ポン中に金子展尚、やくざの妾千代に槇由紀子など、総勢11名。
 上演時間は、1時間30分。

作/八田尚之、脚色・演出/菊地一浩
11月15日(日)14時開演、アトリエファンファーレ東新宿、チケット:4000円、全席自由席


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