高木登 観劇日記2020年 トップページへ
 
   加藤健一事務所公演 vol. 108 『プレッシャー』      No. 2020-013
 

 1994年6月、ノルマンディー上陸作戦決行を前にして、決行実行の可否の確認のための天気予測をめぐる攻防のドラマ。
 タイトルの『プレッシャー』の英語'pressure'には気象の「気圧」の意味とともに、このドラマに関連して「重圧、圧力、切迫、苦境、緊急、あわただしさ」などの意味などに加えて「血圧」の意味があり、このドラマは「気圧」と「血圧」をからませて緊迫が続く巧妙な構成となっている。
 3年前から計画されているノルマンディー上陸決行の3日前、決行予定日の天候を予測のために連合国遠征本部に、天才と呼ばれるスコットランド出身の気象学者スタッグ博士(加藤健一)が招かれる。
 アメリカ軍部に信認の暑いアメリカ人の気象予報士クリック大佐(山崎銀之丞)と協力して天気を予測するのだが、二人は早々から意見が衝突する。
 スタッグ博士は、過去の経験と直感をもって天気図を三次元的に読んで予測し、3日後のことまでは断定できないとするのに対し、クリック大佐は二次元的に目の前の気象図から過去のデータに基づいて予測し、決行予定日は晴天だと断定する。
 気象図から見る限り、高気圧と低気圧の位置から晴天が続くかのように見えるのだが、イギリスの天気は変り易く予測できないとスタッグは主張し続けるが、天気はクリック大佐の主張を裏付けるかのように晴天が続く。
 この作戦の最高責任者であるアイゼンハワー大将(原康義)は、この上陸作戦実行の成功の可否が天候にかかっていることから、クリック大佐の予測を信じたい気持ちにかられながらもスタッグ博士の意見をも尊重する。
 作戦を実行する軍部の圧力を一心に受けるスタッグに、彼の予測に反して天気が続き苦境に陥っていく。
 そのような圧迫と苦境の最中、第二子の出産が迫っている彼の妻が急に産気づき病院に運ばれ、スタッグは天気予測にも気がそぞろとなってしまう。
 最初の出産でも難産であった妻の血圧が高いということで、高血圧は出産に母子ともに危険であることでスタッグはいてもたってもおられず病院に駆けつけようとするが、アイゼンハワーのアシスタントであるサマズビー中尉(加藤忍)に止められ、代わって彼女が病院に行く。
 決行予定日の天気はスタッグの予測通り、晴天がにわかに転じて荒れた天気となり、その荒れた天気は数日続くと予測され上陸作戦は中止される。
 しかし、後に続く低気圧の速度が弱まって停滞しており、予定日の翌日は晴天になることをスタッグは断言する。
 目の前では風雨が荒れまくっており信じがたい事だが、アイゼンハワーはスタッグの予測を信じて1日遅れでの上陸作戦決行を決意する。
 決行日当日、嘘のようにして天気は晴れる。一方ではスタッグの妻が第二子の男の子を無事出産したという知らせが入り、スタッグは二つのプレッシャーから解放される。
 この劇でのみどころは、スコットランド人としての気難しさと一徹さの反面、妻思いの家庭人としての優しさを持つスタッグ博士演じる加藤健一に、これまで予想が外れたことがないと言う自信家のクリック大佐を演じる山崎銀之丞が憎々しい程に対抗するところで、それだけに最後にスタッグの予測が完全に当たったことからくる勝利感が高揚され、胸がスカッとする気持ちにさせられるところにある。
 アイゼンハワーが、長男が4歳で亡くなった悲しみを語り、スタッグは17歳の兄を失くしたことを語る場面も、二人の人間性、人情味を感じさせ、単なる戦争の局面の劇に終わらせない家庭劇をも含ませて、ドラマに膨らみを感じさせてくれる。
 その一方で、アイゼンハワーと彼の非公式アシスタントとして仕えてきたサマズビー中尉との二人の恋愛関係のロマンスも、単なる対立劇でなく融和のある劇として、この劇の奥行きを深めていた。
出演は先の4人に加えて、新井康弘、西尾友樹、林次樹、鈴木幸二、深見大輔、加藤義宗の総勢10名。
 上演時間は、途中15分間の休憩を入れて2時間50分。

 今年は、加藤健一事務所40周年記念であるとともに、加藤健一の役者人生50周年の節目の年でもあったが、新型コロナ感染のため、5月公演予定の『サンシャイン・ボーイズ』が中止となり、今回が今年最初にして最後の公演となった。
 コロナ感染対策のため、観客席は左右一席ずつ開けての公演で興業収入的にも非常に苦しい上演で、カーテンコールの挨拶では加藤健一自らが一冊550円のパンフレットの購入をお願いするほどで、胸が痛くなる思いであった。

 

作/デイヴィッド・ヘイグ、訳/小田島恒志・小田島則子、演出/鵜山 仁、美術/乗峯雅寛
11月13日(金)14時開演、下北沢・本多劇場、チケット:5500円、座席:F列12番


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