高木登 観劇日記2020年 トップページへ
 
   俳優座劇場プロデュース公演 No. 111 『嘘』            No. 2020-011
 

 うかつにもゼレールの作品を初めて観ることになると思っていたのだが、2016年11月に加藤健一事務所公演による『誰も喋ってはならぬ』、2018年2月に文学座公演で『真実』を観ていて今回が3作品目の観劇となることに気づいた。
 舞台には映像で一人の女性の横顔半分が左右にシンメトリカルに映し出されていて、何となくタイトルの『嘘』を表象化したように感じられる。この映像は舞台が始まってからも場面転換ごとにも映し出される。
 『嘘』は2年前に上演された『真実』と対を為しており、登場人物の二組のカップルも同じなら、不倫の関係も、真実X真実=真実(の嘘)、嘘X嘘=真実、という裏腹の関係で全く同じ設定となっている。
 『真実』ではミシェルとロランスのカップルが主役となっているが、この『嘘』ではポールとアリスが主役となっていて、二つの作品は「合わせ鏡」となっており、映像の女性の対になった横顔はその二つの作品の「真実」と「嘘」の「合わせ鏡」としての表象ともいえる。
 ポールとアリスは親友のミシェルとロランス夫婦をディナーに自宅に招待しているが、直前の30分前になってアリスが突然、ディナーの招待を取りやめたいと言い出す。
 ポールがその理由を問いただすと、ミシェルが自分の親友であるロランスを裏切って妻以外の女性とキスをしているのを見たからだという。
その事実をディナーの席でロランスに打ち明けてしまって気まずい思いをしたくないと言うのだが、ポールは絶対にそんな事は言うべきでないと言い、二人は言い争いになり、結局ポールはアリスの頼みを聞き入れ、ミシェルに電話をかけようとしていた矢先に当のミシェル夫妻が到着する。
 アリスは自分が見たミシェルが妻以外の女性とキスをしているのを第三者にたとえて、その真実を話すべきかどうかをミシェルに聞く。
ポールはそんなアリスの発言を必死に抑えようとするが、事態はだんだん緊迫していき、結局その日のパーティーは不穏なうちに不成功に終わる。
 ミシェルとロランスが帰った後、アリスはポールに何か隠しているだろうと言って執拗に追及し、ポールはその追及にたまりかねて、ある女性と密会したことを告白させられる。
 翌朝になって今度はアリスが実は自分も隠していることがあったと言って、自分の不倫の相手がポールのよく知っている友人の一人だと意味ありげに言って、その日の会議でのプレゼンテーションの為に出かけてしまう。
 一人残ったポールは、アリスが残した最後の言葉に煩悶し、ミシェルを呼んで悩みを打ち明ける。
 ミシェルは、たとえ話としてアリスの浮気の相手を自分だとしてポールの気持を落ち着かせようとし、ポールはそんな事は絶対にありえないとしてやっと気分が落ち着く。
 夜になってアリスが帰宅し、ポールは不倫の相手を追及し、アリスはついにその相手がミッシェルだと告げるが、ポールはミッシェルの話と同様に信じられないとして相手にしない。
 アリスがミッシェル夫妻をディナーに招待するのを拒んだ理由は、ミッシェルとの関係を断った後彼がすぐに別の女性と白昼堂々とほかの女性とキスをしていたことに対する腹立ちと、よりを戻そうとするミッシェルを避けたいが為であった。
 二人は嘘の話から、はからずもお互いの不倫を告白することになったのだが、ポールの相手は「ある女性」とだけで、何者かは明らかにされないまま、二人はこれから真実を語っていくことを誓う。
話はここで終わったかのように暗転し、再び、対になった女の横顔が映し出され、その顔の部分が消え黒くなると、二つの顔の間の空白が砂時計の形として映し出される。
観客席からまばらではあるが、カーテンコールの拍手が鳴らされる。
 が、再び場面が明るくなって、4人の登場人物が登場し、パーティーの場面が繰り返される。
 アリスが自分の主張を否定されて腹立った様子で、料理の様子を伺いにキッチンへと入っていくと、心配した(ふりをして)ミッシェルが彼女の様子を見てくると言ってその後を追う。
 後に残ったポールとロランス。ポールはロランスに寄って行き抱きしめようとする場面、そして壁のタペスリーが透かし状態となって、キッチンの中では、必死にアリスを追い求め迫るミッシェルの二人の姿が映し出され、ここで手品の種明かしのように、二組の親友同士の不倫の関係が赤裸々に明らかにされる。
 この場面は蛇足だと思う。
『真実』の劇を観ていなくともポールの浮気の相手はロランスであることが想像でき、このことは言葉に出されたりするのではなく、観客の想像に任せた方が余情が深くなると思う。
 手品の種明かしをされては興ざめである。
 とはいいつつも、絶妙な会話のやり取りで緊迫した緊張感を楽しむことが出来る、苦みを伴った良質な喜劇だと思う。
 出演は、ポールに文学座の清水明彦、アリスに俳優座の若井なおみ、ミッシェルに演劇集団円の井上倫宏、ロランスに昴の米倉紀之子。
 上演時間は休憩なしで、1時間50分。


作/フロリアン・ゼレール、翻訳/中村まり子、演出/西川信廣、美術/石井みつる
11月7日(土)18時30分開演、俳優座劇場、チケット:3000円、座席:8列14番


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