高木登 観劇日記2019年 トップページへ
 
     ピープルシアターM 2公演 言葉と音楽のセッション
   白井真木X尼理愛子 『深き海のごとく』『鳥葬の団地』     
  No. 2019-008
 

森井睦のオリジナル物語の朗読と音楽を10組による日替わりの出演者、日替わりの演目でのセッションで、その中の白井真木と尼理愛子の組み合わせを観賞。
作者の森井睦のこともピープルシアターのことも何一つ知らず、ただ出演者の案内で観たのだが、世の中にはまだまだ知らないままでいる凄い存在との出会いに気持を新たにした。
チラシを見た時には気づかなかったが、今回の公演を見て(聴いて)チラシを見なおして見ると、動物をテーマにした演目が並んでいるのに気が付いた。
尼理愛子の琵琶による演奏と語りの前奏が5分間ほど続いた後、白井真木の『深き海のごとく』の朗読。
日本の調査団が中国の奥地の調査を終える頃、その調査団のテントに一匹の子猿が遊びに来て調査団の団員になつき、そのまま調査団の船に乗り込んで来る。
船が長江を下る様子と、沿岸の木から木へと飛び移りながらその子猿を追って来る母猿の光景が、李白の「早に白帝城を発す」の詩を思い出させた。
    朝に辞す 白帝 彩雲の間
    千里の江陵 一日にして還る
    両岸の猿声 啼き住まず
    軽舟已に過ぐ 万重の山
調査団の団員が、その猿が子猿を追ってきた母猿だと気づいても、沿岸には船を止める場所もなく5日が過ぎる。
母猿は子猿に向かって悲痛な叫び声を発し、子猿もそれに応えて悲しい鳴き声を発するが、白井真木の発する猿の悲痛な鳴き声が、臨場感を持って胸に痛々しく伝わってきた。
船が岸辺に着くや否や、母猿は身の危険も顧みず船に乗り込んで子猿を抱きしめるが、そのままこと切れる。
見ると母猿の腹は裂け、腸がむき出しになっていたのだった。
この物語の最後の「断腸の思い」はこのことが始まりだと知っていましたか、という言葉が切なく響いた。
そして、この物語のテーマは「深き海のごとき愛」であることを知る。
10分間の休憩の後、『鳥葬の団地』の朗読。
場所は、東京の郊外に暮らす老夫婦、夫は一流商社を定年退職し、妻の買い物に付き添い、待っている間、公園のベンチで一人過ごしているが、ある時、子バトのクーちゃんと出会い餌をやるようになる。
それが日課となり、毎日それを楽しみにしているが、初めはクーちゃん一羽だけだったのが、老人の餌を求めて多くのハトが集まるようになり、店の客の苦情でその場所を追われ、最後は誰も寄りつかない、老人とハトにとってのユートピアにたどり着く。
ハトの数も今では300羽に膨れ上がっている。
老人にとって、そしてハトたちにとっての幸せな日々もそう長くは続かなかった。
老人の妻が亡くなり、老人はしばらくの間、悲しみのあまり酒浸りとなるが、それも長くは続かず、老人も死を迎える時が来る。
老人はハトのクーちゃんに、自分が死んだら自分の体をみなで食べてくれと語りかけ、やがてベンチに倒れ伏す。
ハトのクーちゃんは老人のその姿を見届けた後、老人の眼をつつき、300羽のハトたちもいっせいに老人の体をついばみ始め、ついばみ終わったハトたちは、大空高く舞い上がり、日本の空、世界の空に向かって飛び立って行く。
その後その場所でハトを見ることはまったくなかったという。
心にしみじみと感じさせる物語、語りであった。
満席でも30席ほどの小さな空間で、前半部25分間、後半部が40分ほどであったが、凝縮された濃密な時間であった。

 

作/森井睦
3月26日(火)15時開演、総合藝術茶房喫茶茶会記、料金:3000円(1ドリンク付き)


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