高木登 観劇日記2019年 トップページへ
 
   劇団俳小第44回公演 『殺し屋ジョー』       No. 2019-007
 

まるで映画のシーンを見ているようなインパクトの強い演技と幕切れであった。
トレイシー・レッツの作品は、日本ではこれまで『八月の家族』と『シュペリオル・ドーナツ』という2作が上演されているというが自分にとっては初めて聞く名前であったので調べてみると、作者は1965年生まれの54歳で劇作家で俳優でもあるという。
『殺し屋ジョー』は1993年作で2011年には映画化もされ、これまでに15か国12言語で上演されているブラック・コメディ(またはダーク・コメディ、あるいはgallows humorとも言われる)とあった。
gallowsというのは「絞首台」の意味だが、gallows humorというのは「病気や死などの好ましくないことについての皮肉」と辞書にあり、この劇の内容にピッタリである。
コカインの密売をやっているクリスが母親の家を追い出され、父親のアンセルのところにやって来るところから舞台は始まる。
家を追い出されたのは母親に暴力をふるったからであったが、元の原因は母親が密売のコカインを息子に黙って横流しにした事を怒ったことから始まるが、もっと深刻な問題はコカインの代金6千ドルを用意しなければ命が危うくなることから父親に用立てを頼み込むのだが、アンセルの住んでいる家の状態から見て数ドルの金でさえ用立てするのは無理なことが分かる。
アンセルはクリスの母親とは早くから別れシャーラという女と再婚しており、クリスは若い継母とそりが合わず母親の家に同居しているが、クリスの妹で20歳になるドティーは父親と同居している。
6千ドルの金を工面できないと命がないクリスは、母親が5万ドルの保険をかけていることを知ってアンセルに母親を殺害して保険金を山分けする相談を持ち掛け、警察官(刑事)でありながら裏稼業で殺し屋をしているジョーに母親殺害の依頼をする。
殺しの請負料は2万5千ドルでしかも前払いということで、金を払えないクリスはいったん断られるが、ドティーに気を惹かれたジョーは彼女を条件に引き受けることにする。
ドティーは生まれたとき母親に邪魔な存在として絞殺されかけ、その障害が残ってい、少し知能が低いが、兄クリスは彼女に特別な感情を抱いていてジョーに妹を渡すのをためらう(二人の関係は、ドティーの直接的表白とクリスの言葉から近親相姦の関係にあることがプンプンと臭っている)。
ジョーは母親殺害を実行するまでの1週間、アンセルの家で寝泊まりし、ドティーを思いのままにする。
クリスは妹のそんな状況に耐えきれず、ジョーが母親殺害を実行するといった当日、殺しを中止して今すぐ家から出て行ってくれというが、すでに母親の死体が家の中に黒いビニール袋に包まれて放り出されていた。
母親の葬式の日、アンセルが保険金を受け取ろうとしたとき、受け取り人は母親の愛人レックスとなっていたことが分かる。
保険金の話、受取人がドティーになっていること、殺し屋ジョーのことなどすべてがレックスからクリスに語られたことで、初めからレックスに仕組まれたことだったことが分かる。
ジョーは刑事としての表の顔で、多分、レックスのことやアンセルの妻シャーラとの関係なども知っていてレックスから保険金の10万ドルの小切手を奪っているが、本人の署名がないのでただの紙切れに過ぎない。
最後のどんでん返しのような成り行きがサスペンス風に暴力的に展開されていくところがド迫力で、凄まじく、殺し屋ジョー、クリス、シャーラ―の演技が強烈ななか、優柔不断で物事に流され諦めやすいアンセルはその光景を見て恐怖のあまり小便をもらす演技が真に迫っている。
クリスとジョーの喧嘩の最中、クリスの銃を拾ったドティーがクリスを撃ち、続いて父親のアンセルをも撃った後、ジョーに銃を向ける。
ジョーは思いとどまるようドティーに説得に努めるなか、ドティーがお腹に赤ちゃんができたと言うと、ジョーはその言葉に反応するがドティーはジョーに銃を向けたまま、沈黙の暗転で結末となる。
宙ぶらりんの結末が却って後の事がいろいろ想像されて余韻が残ったが、余分な事として、1週間足らずの関係で妊娠が分かるのは信じられない話で、ドティーのお腹の赤ちゃんは兄クリスの子だと思ったが、そのことはクリスが執拗にドティーを連れてベネズエラかどこかに逃亡しようとしていたことからも言えることだと思う。
ドティーは生まれてすぐに母親に殺されかけたこともあり、クリスとアンセルが自分の母親殺害の話を聞いていても反対の意思表示を示さなかったのは、単に彼女が精神薄弱だからというだけの理由ではなく、兄クリスと父親アンセルの二人の肉親だけを殺したのは本能的嫌悪からくる反応に思われた。
開幕と休憩後の始まりの場面で、ドティーが舞台下上手の観客席側から舞台上を見つめるようにして立って暗転するのは、この劇の主人公が彼女であることをうかがわせるが、ドティーを演じる山崎薫は舞台上で全裸の姿になるなど、この舞台では出演者全員の大胆で迫力ある強烈な演技が見ものであった。
出演は、山崎薫のほか、アンセル・スミスに岡本高英、シャーラに荒井晃恵、殺し屋ジョーにいわいのふ健、クリスに北郷良の5人。
上演時間は、途中10分間の休憩を挟んで2時間20分。

 

作/トレイシー・レッツ、翻訳/吉原豊司、演出/シライケイタ
3月21日(木)14時開演、シアターグリーン・Box in Box THEATER
料金:(4500円)、自由席(最前列、中央の席確保)


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