高木登 観劇日記2019年 トップページへ
 
   川和孝企画公演 第48回名作劇場 日本近・現代秀作短編劇100本シリーズ 
 No. 97 佐久間謙二郎作『犬を食ってはならない』& No. 98 山田時子作『良縁』 
No. 2019-005
 

『犬を食ってはならない』は、部落長の八坂長兵衛と公民館長の国分三之助との「犬を食った」かどうかをめぐってのバトルが、長兵衛の妻おさくと三之助の妻お八重によってお互いのメンツが潰されるという風刺的なおかしみのある、俗信と教訓を含んだ人間喜劇のドラマといえる。
長兵衛は犬の肉が持病のぜんそくに効くという俗説を信じて犬を食べたのが噂となり、それを公民館長の三之助が長兵衛に確認しにやってきたことから事は始まる。
長兵衛は犬を食ったことを否定し続けるため、公民館長は証人を連れてくるという。
長兵衛は折よく家に来合わせた小作人の吾作に犬を食ったことの秘密を守るように言い付けたところに、公民館長が証人として青年団幹部の風見孝造を伴って戻ってきて、長兵衛はあわてて吾作を押し入れの中に匿う。
噂の元を追求していくうちに、公民館長の妻がその張本人だと孝造は白状したことで公民館長はメンツを失い、妻を呼びつける。ところが、妻の話では、長兵衛の妻おさくが、犬の肉がぜんそくに効くかどうかということで彼女に相談があったということが明らかになり、今度は長兵衛の立場がなくなってしまう。
「犬を食べる」ということについては、自分が子供のころ幾らでも聞いたことのある話で、この劇に出てくるように特に「赤犬」の肉が特にうまいという話であった。
犬の肉がぜんそくに効くという俗説については知らないが、考えられることである。
一方、この劇の教訓としては嘘をつくとその嘘は、嘘に嘘を重ねるうちにどこかで破綻してしまうということである。
長兵衛は自分が犬を食ったという噂は政治的陰謀だと、針小棒大的に政治的に拡大する事大主義者の滑稽味を感じさせる。
長兵衛を演じる根岸光太郎と公民館長の菅原司の二人の口論のバトルが見どころであり、長兵衛の妻おさくを演じるおぎのきみ子と公民館長の妻お八重を演じる矢内祐奈が二人のバトルを卑小化させ、男の世界を滑稽化して好演し、バトルのゆくえに緊張感をもって楽しんだ。
出演は他に、犬を殺す男・吾作に村瀬知之、風見孝造を武藤広岳。
上演時間は1時間。

『良縁』は、家を中心とした社会では「良縁」であっても、個人として、特に女性の立場から見て必ずしもそうではないという意味で、結末から言えば逆説としての劇。
かつては家同士の間で結婚は決められていてそこには個人の意思など入る余地はほとんどなかった時代で、このドラマのヒロイン敏子の場合もそうであった。
敏子の言い名づけは、終戦後2年たってその戦死が明らかになる。
敏子の一家は東京に住んでいたが戦争で焼け出され、今は父親の故郷の村で本家の世話で暮らしている。
その本家の紹介で敏子に縁談が持ち込まれる。
相手は山持ちで、闇市や山の材木で財を成した資産家で本家との関係も深く、敏子の気持も関係なく一方的に話が進んで行く。
しかし、敏子は結婚相手のものの考え方に共感できず結婚に気が進まず、東京に出て自立する決心をする。
結婚を断れば、本家の怒りを買うだけでなく一家が住むところもなくなることを心配し、母親ののぶは敏子が東京に行くことを反対するだけでなく、結婚を承諾するように強いる。
母親だけでなく、言い名づけの母親である親類の小母さきまでも一緒になって敏子を説得しようとするが、優柔不断に見えた父親の茂二が妻を押し切って敏子の決心の味方をし、茂二の家に来合わせた本家の兄に対して結婚話を断る。
話としては簡単な展開であるが、そこに至るまでの、果たしてこの結婚話の結末はどうなることかというハラハラドキドキの緊張感がこの劇の面白さとなっている。
この劇の社会的背景には疎開家族や戦後の農地改革、闇市、そして農村社会の閉鎖的因習的な問題があり、言い名づけを戦争で失った娘の結婚話がこの劇のテーマとなっている。
その一方で、社会の因習やしがらみに抗い、自己の思いを主張する新しい女性の出現という側面が出ている。
この劇は作者山田時子の体験がもとになっており、この劇中でも語られる東京に出て寮生活をするという決心は、彼女の次作『女子寮記』(3幕もの)に書かれて、1948年、劇団民藝によって上演されている。
作者の分身ともいえるヒロインの敏子を演じる田中香子は、一見しとやかさの中にも自分の考えを押し通す芯の強さを秘めた女性を好演。
湯沢勉が演じる本家の叔父が敏子の結婚話を断られた時、周囲の者に恐怖を感じさせる怒りの台詞の口調が、リアルで凄みがあって、見ごたえのある演技であった。
父親茂二を演じる井ノ口勲は、優柔不断で普段は事なかれ主義のように見えながらも、いざとなったら断固としたところを見せ、思わず拍手を送りたくなるほどであった。母親のぶを演じる平山真理子や小母さきを演じる大橋芳枝も、脇役としてこの結婚話の進展に欠かせない緊迫感を作り上げていた。
他に、敏子の妹役政子を高野百合子、村の娘に奥泉愛子、郵便屋に鈴木宏昌が出演。
上演時間は、1時間5分。

今回の2作とも感動的な舞台であったが、日本近・現代秀作短編劇100本シリーズも今回で98本となり、残すは後1回だけとなった。
しかし、いつもは次回公演日程と演目がプログラムに記載されているのに今回はそれがなく、「第49回公演(99・100本)の予告をためらっているのは、今回の公演までの赤字処理のメドが立っていないからで、企画者の私としては、来年の内に実現させたい意向」と企画者の川和孝が記している。
良質な舞台を続けるという事は並大抵の苦労でない事がうかがい知れるが、是非とも掉尾を飾る2本を観たいものである。そして、どんな演目が選ばれ、どんな俳優たちが最後を飾るか―。


企画・演出/川和 孝、美術/岡田道哉
3月15日(金)14時開演、両国・シアターX、料金:3500円(シニア)


>>別館トップページへ