高木登 観劇日記2019年 トップページへ
 
    グローブ文芸シアター2019・クリスマス朗読会         No. 2019-035
 

チャールズ・ディケンズ作 
『ドクター・マリゴールド』&ヴォルフガング・ボルヒェルト作 『パン』

 

『ドクター・マリゴールド』 (朗読:蔀 英治)

 1時間20分におよぶ朗読だが、蔀英治の朗読でディケンズの世界をわくわく感で堪能させてくれる。
 結末が少し謎めいている。
 主人公のマリゴールドは大男のピックルズから譲り受けた聾啞の幼い少女に、亡くなった自分の娘と同じソフィーという名前を付け、独自に工夫した手話で会話を交わし、文字の教育をする。年頃になって、本当の教育を受けさせる必要を感じ、ソフィーを聾唖学校に入れる。
 ソフィーはその聾唖学校で恋仲になった青年が中国に仕事で行くことになり、せっかく再び二人の生活に戻ったのに、マリゴールドは彼女のために二人を結婚させ、中国へと送り出す。
 ソフィーに女の子が生まれたという便りがあるが、彼女の願いも空しくその子は口もきけず、耳も聞こえないようであった。
 それから5年の歳月が流れ、マリゴールドは荷馬車の中で、クリスマスを前にした食事を独りで取る。
 荷馬車の中は、明るい火が細々と暖かくともっている。
 と、荷馬車の入り口の取っ手を回す音がし、小さな女の子が声を出してマリゴールドに抱きつき、つづいてソフィーも入って来て、抱きついたまま離れない。
 マリゴールドの目から、うれし涙ではなく、悲しい涙が流れた、というところでこの朗読は終わる。
 女の子は口がきけなかったはず・・・とすれば、それはマリゴールドの見たまぼろしか?!
 マリゴールドは、いつしか暖かい火で眠ってしまった・・・・もしかして、夢を見ながら死んだのか、あるいはソフィーの家族に異変があったのかを感じさせる終わりであった。その終わりの印象が忘れ難いインパクトを残した。

 

『パン』 (朗読:蔀英治、倉橋秀美、松川真澄)

朗読に先立って、当日、翻訳者の鈴木芳子さんが来られていて挨拶の後、作者とその作品の評価について解説があった。著者ヴォルフガング・ボルヒェルトはドイツのハンブルクに生まれ、19歳の時に徴兵され東部戦線(対ソ連)に送られる。たびたびの投獄で身体をこわし、病のため26歳でその生涯を閉じたが、死神と競うように次々と作品を書いた。
深夜、物音がするのに目を覚ました妻が台所に立っている夫に気づく。夫も物音で目が覚めたのだという。
夫は、妻の寝間着姿を見て昼間より年老いて見えると感じ、妻も同じ感じを抱く。
妻がテーブルに目を移すと、そこにはナイフとパン屑が残っていたが、パンをのせていた皿から目をそらす。
二人は、物音は外での音だったのだろうと寝室に戻り再び眠りにつく。
妻が寝入ったものと思って夫は咀嚼して噛む音をさせるが、妻は寝ているふりをしてそのまま寝てしまう。
翌日の夕食、妻は自分にはこのパンは口に合わないからと自分のパンを夫に二切れ余分に渡す。
『パン』の話の内容はたったそれだけで朗読時間も15分に満たない短い作品であるが、朗読の冒頭部分を聞いたときからこの作品には聞き覚えがある気がした。
3人の朗読でボルヒェルトの世界を見事に浮かび上がらせ、聴き終わった後には深い余韻がいつまでも残る作品であった。

『ドクター・マリゴールド』(梅宮創造訳)、『パン』(鈴木芳子訳)
構成・朗読台本・演出/蔀 英治
12月21日(日)14時開演、阿佐ヶ谷ワークショップ、料金:2000円

 

>>別館トップページへ