高木登 観劇日記2019年 トップページへ
 
    世界でいちばんちいさな劇場 No.72 ―吟遊詩人・条田瑞穂の連続創作詩劇朗読―
   「夢の始まり」或は「夢の記憶」                    
No. 2019-024
 

 8月9日は長崎原爆投下の日。74年前のこの日、ソ連軍が満州に侵攻してきて、広島に原爆が投下された8月6日に満州で生まれた条田瑞穂は生後わずか3日で母親の腕に抱かれた逃亡の旅が始まる。
今日、連日35度を超す猛暑日が続いている日本列島であるが、74年前の満州もその日42度を超す暑さであったと、瑞穂は後に叔母から聞かされる。
 3歳で妹が生まれ、それまで独占していた両親の愛情が妹に向けられたことで瑞穂は親に反抗し、「満州に行く」と言っては家出をしたりして手が付けられなくなり、侍の子は泣いては駄目」という教育者の祖父母のもとに預けられる。
 瑞穂の「戦争」と「旅」と「夢の始まり」はその生後3日から始まっており、その記憶が原体験となって詩の創作へとつながっていて、人間がどんな夢を見てきたのかを語り、原爆と戦争を告発する。
 詩の中で頻繁に現れる砂漠のイメージは、瑞穂の母親が亡くなった時の喪失感と虚無感でサハラ砂漠に旅したことから生まれる。
 第一部の最初の詩『銀の月』を聴いていて、今回の一連の詩が「夢の記憶」であることを感じた。瑞穂の朗読だけがしばらく続き、「広島の月」の箇所で伊藤ちか子のアコーディオンが入り、哀調を帯びた旋律が切々と奏でられ、その調べの中に漂うようにして詩の朗読が続き、銀色に輝く月が戦争の傷跡を舐め、わたしの心の中で月が照り輝く。「戦争」は今回の一連の詩の中のキーワード、モチーフでもある。
 2番目は、予定が入れ替わって本来3番目に予定されていた『アンリ・ルソー~青いライオン~』。老いたライオンが若いジプシー女の隣に座って同じ夢を見る。ライオンは中世のナイトのように一晩中女の夢を守り続ける。天空に浮かぶアルハンブラ宮殿、果てしのない放浪の旅、風が降り注ぐ・・・・・「夢の記憶」。ここではもう一つのモチーフ「旅」が加わる。
 3番目の『アンデルセン~赤い靴~』では、赤い靴を欲しがった女の子の記憶を語る。人生という長い旅路の果てに果たせなかった少女との約束を思い出す・・・・・「記憶の夢」。
 4番目の『古代鳥の夢』は、断捨離のなかで書き溜めた多くのメモの中から生まれた詩。少年が砂漠で拾った小さな骨、それは古代鳥の骨だったという。祖父が少年にそれで小さな笛を作ってくれた。少年はやがて兵士となって遠い異国の戦場に送られ、骨となる。いつか、誰かが、少年の骨で笛を作ってくれるだろうか。・・・・・「戦争」。
 第一部の最後は『アンデルセン~人魚姫の手紙~』。愛が欲しいのではない、300年の寿命と引き換えに、愛の向こうにある人間だけが持っている永遠の魂が欲しかっただけの人魚姫・・・・・人魚の夢の記憶(2011年8月24日作)。

 第二部の始まりは、ずばり『夢の始まり』。―天地創造、闇から光が生まれ、意志は神となり、祈りとなる・・・・・「神話の夢」。
夢の続き『光る骨』。1995年4月20日、春、パリ。この日、夫と共に眠るソーの墓地からパンテオンの歴史記念館に移され、フランスの偉人の一人に列せられた初の女性、マリア・サロメ・スクロドフスキー。ポロニウム、ラジウムの発見者。青白く光る骨、光り続ける小さな骨、ラジウム…放射能・・・原爆・・・「悲しみの原罪」。
続く『ホタルの墓』では、アコーディオンが奏でる金属音が鋭く胸を貫く。夜空の星が降り注ぐようなホタルの群れ。たった一夜の命の饗宴。少年の問いに答える祖父。死んだホタルは星になる・・・死んだ人は星になる・・・。消えた町、消えた人たち、記憶の街・・・・消えていく記憶―「夢の記憶」。
4番目の詩は、再開発で消えていく新宿の『かむろ坂』。瑞穂は記憶の中のかむろ坂を永遠に唄い続ける。時代の名残りのかむろ坂。戦争の心の傷痕―戦争は終わっていないという老婆の叫び・・・・「夢の記憶」と「戦争」。
最後の『眼帯記念日』は、長崎の日の追悼記念のために書かれた詩であるが、瑞穂は悲しみのためにこれまでずっと読めずにきて、今回が2度目の朗読だという。流した涙で「めんたま」が流れてしまったので真黒な目玉を描いた白い眼帯をつけて毎年記念撮影する被爆者・・・・今年も何とか生きているかな?!

 朗読が終わった後、ヴィオロンのマスター寺元健治氏の提案で、1949年、30歳で飛行機事故で亡くなった天才ヴァイオリンニスト、ジネット・ヌヴー生誕百年(1919年8月11日生)を祝して、SPレコードでショパンの「ノクターン」を鑑賞。SPの柔らかな旋律に魅せられたが、このヌヴーの演奏をラジオ放送で聴いた瑞穂は4日間、その感動の衝撃から抜け出すことが出来なかったという。


作詩・朗読/条田瑞穂、共演/(アコーディオン演奏)伊藤ちか子
8月9日(金)19時開演、阿佐ヶ谷・喫茶ヴィオロンにて、料金:1000円(ドリンク付き)


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