高木登 観劇日記2019年 トップページへ
 
    演劇集団ワンダーランド・第46回公演 『宮武外骨伝』 ~過激にして愛敬あり~No. 2019-016
 

情報量の多い、興味を惹きつける内容の劇で、観劇(感激)の感想をまとめるのに整理がつかない。
 伊藤痴遊とその弟子伊藤小鳥の二人が語り部として宮武外骨の人物とその周囲について語っていくのを縦糸にして、当の宮武外骨がタイムスリップして現代に登場する場面と彼の生涯を交錯させていく緯糸として劇は展開されていく。
 「情量が多い」という意味は、劇に託されたメッセージが多く、それによって考えさせられることが多いということで、その一つ一つを反芻して考えるだけで頭の中がいっぱいになって、書きたいことも整理がつかなくなってくる。
 武末志朗が演じる飄々然たる操觚者(ジャーナリスト)宮武外骨の「過激にして愛敬ある」生きざまそのものだけでも面白い上に、現代の弱小メディアが抱える問題を絡ませることにより、外骨の反骨精神の気概を通して、昔も今も変わらないメディアが抱える問題を浮かび上がらせる。
 通常はお色気の特集をWebサイトに記事を配信する小さな会社の記者が、偶然現職の大臣の収賄の現場を撮影してきたことから、その記事を配信するかどうか編集会議でもめているところから始まる。
 特ダネではあるが、それを配信すれば上の筋からの圧力とスポンサーに逃げられることで会社が倒産することが目に見えていて編集長は記事の配信をためらっているが、これを機会に普通のジャーナリストとしての会社にしたいという希望に燃えている一人の和解女子社員と、家族を抱えていて会社が潰れると困るという立場の者の反対と、どちらでもいいという中間派の三手に意見が分かれる。
 そこへ登場してくるのがタイムスリップしてきた宮武外骨。
 外骨は、四国は讃岐の国、今の香川県から19歳で上京して「頓智協会雑誌」を発行し大人気を博すが、大日本帝国憲法をパロディ化した記事で不敬罪に問われ、石川島監獄に3年間投獄される。
そこで知り合ったのが、生涯外骨の友人として彼を援助することになる、後の博報堂社長となる瀬木博尚と伊藤痴遊の二人。
外骨は出獄後に手掛けた出版の失敗による挫折や、薩長門閥政治の批判などで4回投獄された自らの経験をもとに、「迫害こそ勝利」として、記事の配信をためらうWeb会社の面々に操觚者魂を説く。
 ところがそのWeb会社に大臣の秘書の使いとしてヤクザが二人、その特ダネの写真とバックアップの消去を要求してくる。
ところがその脅迫の一部始終をスマホで隠し撮りしていたアルバイトの女子社員がその状況をSNSで発信し、忽ちネット上でそのニュースが拡散される。
 大臣秘書からの直接の脅しなどが後に続くが、結局は、外骨の「迫害は勝利」という言葉に心を動かされる。
 どっちでもいいと言っていた中間派の記者は、元は大手新聞の記者であったが、自動車メーカーの製造ミスの記事を会社の上部から没にされただけでなく解雇されてしまう。
 その自動車メーカーの製造過失が原因とみられる事故で20代の男性が事故死するが、車の異常ではなく運転ミスという裁判判決で、その記者は自暴自棄となり、結局この小さなWeb会社に拾われることになったのだが、最後には彼も外骨の「迫害こそ勝利」という言葉に動かされる。
 宮武外骨という反骨の操觚者を通して、報道は官憲(政治)の圧力だけでなく、スポンサーという金づるの圧力によって報道が抑制されてしまうことをあらためて見せつけてくれ、単なる評伝劇でなく、現代のジャーナリズムの世界が、政治家たちによってフェイクニュースとして軽んじられていることからも、現代の風刺劇として身につまされる思いと憤りを覚醒させる劇であった。
 印象に残っているメッセージの一つに「道徳」の規準の問題がある。
その一番の好例が戦前と戦後で180度考え方が変わったことがあげられたが、今、教育の一環でしかも成績評価まで使用している現在の政治の在り方、非常に怖い事だと思わざるを得ない。
 しかしながらこの劇を単にメッセージ劇やプロパガンダにしていないのは、この劇の構成と、シェイクスピアの歴史劇に登場する「声」としての市民、あるいはギリシア悲劇でいうコロスの役割ともいうべき掃除婦のおばさん二人を登場させ、庶民性を取り入れることで、劇にふくらみがあって、面白おかしくしているところに、スケールが大きなものとなっている。
 出演は、宮武外骨を演じる武則志朗のほか、語り部としての講釈師の伊藤痴遊に岡本高英、伊藤小鳥に北村りさ、Web会社の経営者で編集長の前田に松村穣、元新聞記者の神岡に茨木学、掃除婦のおばさん役に本郷小次郎と高橋亜矢、外骨の2度目の妻八節に葉山奈穂子、幸徳秋水や警察副所長など複数の役に桑島義明、他、総勢20名。
 上演時間は、休憩なしで、2時間。
 この日は、全席満席。 


作・演出/竹内一郎、脚本協力/中島直俊、舞台美術/松野 潤
6月8日(土)14時開演、座・高円寺1、チケット:4000円、全席自由席


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