高木登 観劇日記2019年 トップページへ
 
    加藤健一事務所公演 『Taking Sides~それぞれの旋律~』       No. 2019-014
 

背景に半分燃え残った旗が戦火の荒廃を表象する舞台装置で、瓦礫の跡を示すコンクリートの大きな破片が舞台一面に敷き詰められ、あたりには古ぼけた金管楽器や弦楽器がまばらに散乱し、建物の上部は半分鉄骨がむき出しとなっている中に、連合軍の取調室のデスクや椅子がある。
襤褸をまとった女と男がその舞台装置の外周を行き来するところから始まる。
二人はこれから始まるオーケストラ指揮者フルトベングラー(小林勝也)がナチ協力者ではなかったかを調べる証言者の一人で、女は戦争未亡人のタマーラ(小暮智美)、男は元ベルリンフィルの第二ヴァイオリン奏者ローデ(今井朋彦)。
連合軍の調査官アーノルド少佐(加藤健一)は元保険会社の調査員で、秘書のエンミ(加藤忍)はヒットラー暗殺を企てた英雄の娘として周囲から敬愛を受けている。
アーノルド少佐以外の登場人物はみな、フルトベングラーを世界一の指揮者、芸術家として崇拝し、敬意を払っているが、一人少佐だけがナチ協力者としてフルトベングラーに敬意を示すことなく、というより憎悪をもって彼を尋問して追い詰めていく。
タマーラの夫はピアニストでユダヤ人、フルトベングラーの協力でパリに逃亡することが出来たが、ナチのパリ侵略で逮捕され、収容所送りとなってそこで処刑された。
タモーラはフルトベングラーが多くのユダヤ人の命を救ったことの証言者の手紙を証拠として出すが、アーノルドは却ってそれを「反復の罠」としてそれを一顧だにしない。
フルトベングラーを直接尋問する場では仮借なく追い詰めていき、少佐の部下ディヴィッド(西山聖了)はフルトベングラーに敬意を示さないアーノルドに反発して次第にフルトベングラーを次第に擁護するようになる。
多くのユダヤ人の指揮者や演奏家がナチドイツから海外へと逃亡していったなかで、なぜフルトベングラーはドイツに残ったのか、アーノルドはその理由を執拗に問い詰めていく。
その理由のいくつかの一つとしてフルトベングラーの私生活における女性関係をも容赦なく暴き出すが、彼より若いカラヤンの台頭に対する恐怖と嫉妬が最大の理由であることを突き留める。
自分の部下や秘書にまで反感を持たれるほど、少佐はなぜそこまで執拗にフルトベングラーを糾弾していくのか、それは彼が、人を焼く臭いが4マイル先まで臭っていたユダヤ人収容所を自分の目で見たことに起因している。
その強烈な体験が、ナチ協力者であったことを否定するだけでなく、芸術という名のもとに責任を回避するフルトベングラーを許せないという気持が少佐の口から生々しく吐露される。
元保険会社の調査員であったという少佐の尋問と、芸術家としてのプライドで反論するフルトベングラーの一連のやり取りがこの劇の一番の見どころ、聴きどころとなっているが、その背後にあるアーノルド少佐の収容所訪問の体験の記憶がこの劇における重要な意味を含んでいる。
天才的芸術家は全てを超越しているか、また、芸術家の前に一個の人間でしかない、もしくは世界的に影響力のある芸術家であるだけに、その責任は重いとする少佐の考えとの対立としても考え深いものがある。
色々な問題を提起する劇で、後に重厚な思いを引きずる劇であった。
上演時間は、休憩15分を入れて、2時間30分。


作/ロナルド・ハーウッド、翻訳/小田島恒志・小田島則子、演出/鵜山 仁、美術/乗峯雅寛
5月20日(月)14時開演、下北沢・本多劇場、チケット:5400円、座席:A列18番


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