高木登 観劇日記2019年 トップページへ
 
    アブラクサス第17回公演 『叫べ!生きる、黒い肌で』        No. 2019-013
 

アブラクサスの公演はこれまでに3回ほど観てきており、いずれも一応は知っている人物を取り扱った劇であったが、今回のヒロインである黒人歌手ニーナ・シモンについてはまったく未知の人物だったので、異なった期待感を持って観させてもらった。
ウィキペディアで調べた範囲では、ニーナ・シモンは1933年生まれのアフロアメリカンのジャズ歌手で、その領域は広く、ジャズだけでなく、フォーク、ブルース、ゴスペル歌手、ピアニストとして活躍したかたわら、黒人の公民権獲得のために活動した市民運動家として知られており、亡くなったのは2003年、享年70歳であったことを知った。
アブラクサスの主宰者であり、作者、演出家、そして羽杏の名で女優として演じているアサノ倭雅が関心を持って
取り上げる人物(女性)が古今東西にわたっており、これまで観てきた限りでは、彼女の関心の中心となっている核がどこにあるのかまだ掴みかねている。
が、そんなことはどうでもいいことで、芝居としての面白さ、わくわく感を楽しませてもらったことが一番であった。
シバーナ(ニーナのこの芝居での名前)の娘サラが、母親の反対を押し切ってオーディションを受けるためフランスからニューヨークにやって来た場面からこの劇は始まる。
彼女はすべてのオーディションに落ちてしまうが、マスコミにしつこく追われた後、シバーナの母メアリーと伯父キャロル・ウェイマンを訪ねて行き、黒人の母の娘である自分がなぜ白人であるのか、父親が誰であるのかを尋ねる。
そこから劇は、このサラの現在と、過去であるシバーナの物語を交錯させながら進展されていく。
クラシック音楽を学んでいたシバーナは将来カーネギーホールで演奏することが夢であったが、黒人であることが理由で音楽大学へも進めなかったが、アルバイト先のバーでビリーという黒人女性に歌の才能を見出され、夫となるマネージャーのアンディの敏腕によって歌手として人気を博していく。
時代は1950年代の後半から60年代という時期で、黒人には選挙権などの公民権はなく、特に南部での差別の激しい時代で、シバーナはビリーの影響を受けて黒人の正当な権利を主張し始め、次第にそれが過激となってついにはそれがもとで全ての興行がキャンセルされていく。
1960年代というのは、ケネディが大統領に当選、そして暗殺されるという事件をはじめ、ベトナム戦争、黒人の公民権運動とキング牧師の暗殺など、多感な高校生から大学生という自分にとっても身近な時代であるだけに、まるで自分の中の記憶をたどるように劇の進行を見守った。
シバーナの興行やビリーの公民権運動のよき協力者、理解者であった(と信じこまされていた)白人であるリチャード・フォレストが、実はアラバマ州の知事の息子で、黒人の運動をスパイしていたことが発覚する。
ビリーはそのとき、リチャードの子を孕んでいたのだった。
すべてのことがばれたリチャードは、そのことを衆人の前で告白し、それがもとで彼はKKKによって暗殺される。
ビリーは公民権運動のため身辺が危うくなり、生まれたばかりの赤ん坊を伴ってフランスに逃亡しようとするが、その直前に殺されてしまう。
同じように身辺が危険にさらされていたシバーナは、ビリーの赤ん坊を引き取ってフランスへ行く。
そこではじめて、サラの父親が誰であったか、明らかとなる。
この現在形と過去形の交錯の中で、サラの自分探しのサスペンスが紐解かれていくことで、シバーナの物語の興味に色を添える構成が複層化されることによって、面白さを倍加している、
登場人物は、調べた範囲では実名でありそれだけリアルでもあるが、一方で、どこまでが事実で、フィクションかが分からないが、よく出来た構成を多にしむことが出来た。
黒人の公民権は獲得され、形の上では黒人は自由なる市民権を得たように見えるが、現在のアメリカの社会の有り様を思う時、いまだその差別が完全に消え去ったとは言えないことを思いつつ、シバーナとビリーの生涯を知ることで、改めてこの劇の意味を考えさせられる。
出演は、ヒロインのシバーナを歌手であり女優であるSetsukoが演じ、劇中でもその歌唱力を楽しませてくれ、シバーナのよき理解者で友人でもあるビリーを羽杏、シバーナの夫でありマネージャーのアンディを石田太一、シバーナの母メアリーを星野クニ、その息子でシバーナの兄キャロルを大竹直哉、アンディの息子コンラッドを高橋壮志、リチャードを小西優司、シバーナの娘(実はビリーの娘)サラを舞桜が演じた。
上演時間は、休憩なしで1時間55分。


作/アサノ倭雅、演出/アサノ倭雅、岩崎高広
5月11日(土)14時開演、新宿・サンモールスタジオ、チケット:3800円


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