高木登 観劇日記2018年 トップページへ
 
   新国立劇場主催 『誤 解』                No. 2018-035
 

10代で家を出奔した息子のジャンが20年ぶりに、母親と妹のマルタがホテルを営んでいる我が家を訪れる。
ジャンは妻のマリアを伴っているが、心配する彼女を説き伏せ、身分を明かさず、母親が気付くかどうかは成り行きに任せ、ただの泊り客としてホテルに自分だけが泊まる。
マルタと母親は、これまでずっと、泊り客に眠り薬を入れた紅茶を飲ませて眠らせ、金銭を奪って、近くの川に投げ捨てて殺してきたが、今夜の泊り客を最後に、この村を出て、太陽の照り輝く海辺の土地に行くことを夢見ている。
しかし、今夜に限って母親はその客を殺す気分になれず、マルタとその事で言い争うが、結局は娘のすることに流されてしまい、ジャンが紅茶を飲むのを止めようとしたもののが、時すでに遅く、飲んだ後であった。
年老いた使用人の男が、マルタがジャンの鞄から大金を掴み出すのを見ている一方で、ジャンのパスポートを手にかざしてマルタの方に向いているが、マルタは振り向きもせず、それに気付かず、使用人も黙って見ているだけである。
ジャンを川に投げ込んだ後、使用人が改めてパスポートをマルタに差し出して見せると、そこに書かれた名前を見てマルタは、母親にそのパスポートを見せる。
使用人の男は、その後下手側の客席通路から、二人が取り交す言葉を黙ってずっと見続ける。
殺した泊り客が自分の息子だと知って、母親は絶望し、マルタが止めるもの聞かず、彼女を残して自分も川に身を投げる。
翌朝、ジャンの妻マリアが、彼からの連絡がない事を心配してやって来るが、マルタが殺したことを知らされる。
マリアは、絶望し神に助けを求めて叫ぶと、これまでオシのように一言も口をきかなかった使用人の男が、客席の通路から舞台に上がって、「何か御用ですか」と尋ね、マリアが「助けて下さい」という頼みを「いやです」と一蹴し、そこで暗転して幕となる。
この劇を観て最初に思ったのは、旅の客を泊めては殺す、安達ケ原の鬼婆の能の『黒塚』であった。
そして、マルタが憧れる太陽と海辺の国は、『異邦人』のムルソーとは対照的な事が即座に思い浮かんだ。
年譜によれば、『異邦人』はカミュが29歳の時の1942年の作品で、『誤解』は1944年が初演となっており、彼の1947年の『手帳』には、「第一シリーズ。不条理。『異邦人』―『シーシュポスの神話』―『カリギュラ』と『誤解』」と記されているという。
『異邦人』には「不条理」性を感じたが、『誤解』では、むしろ「非情理」性なるものを感じた。
この劇の主人公はマルタであることは確かだが、まったく口をきかない年老いた使用人を演じた小林勝也が強烈な印象を残した一方で、楽観的なオポチュニストのジャンは、彼の運命が予想されているだけに、その明るさが却って痛々しく感じられた。
出演は、マルタに小島聖、母親に原田美枝子、ジャンに水橋研二、マリアに深谷美歩、それに使用人の小林勝也の5名。
上演時間は、1時間55分。


作/アルベール・カミュ、翻訳/岩切正一郎、演出/稲葉賀恵、美術/乗峯雅寛
10月8日(月)13時開演、新国立劇場・小劇場
チケット:(シニア)3078円、座席:RB列25番、プログラム:800円


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