高木登 観劇日記2018年 トップページへ
 
   文学座アトリエ公演 『かのような私』              No. 2018-031
 

1948年(昭和23年)12月23日、皇太子(今上天皇)の誕生日の日に生まれた斎藤平の一生を20年の節目ごとに描いた架空の人物の一代記。
平が生まれたその日は、東京裁判で死刑を判決された東条英機らA級戦犯の7名が絞首刑にされた日でもあった。平の名付け親の祖父にとっては、平の誕生日は皇太子の誕生日と一緒であることより、A級戦犯が処刑された日として記憶されることになる。
平の祖父、斎藤智夫は、戦前中学校の校長であったが、戦争に対する反省から職を辞し、自らを閉門蟄居の身としている。
平の生まれるその日、祖父の学校の教師であった中国から復員した大熊が訪ねて来る。
大熊は中国での捕虜生活で赤化教育を受け、天皇の戦争責任が問われないことに声を大にして訴える。
それに対して、祖父と同じく教員の平の父親は、無反省的に現状を受け入れ、権威主義、権力趣向で、教頭、校長、そして教育委員会と、出世街道を求めていく。
しかし、共産主義者であった大熊も転向して、20年後には運送会社の社長としてプチ・ブルジョワとなっている。
20年後の1968年、平は大学生で、時代は学生運動の真最中。
平も自治会の委員となっているが、セクトや過激派とは一線を画していて、親しい友人が東大紛争の渦中に走っても一人とどまり、平と同じようにとどまった女子学生の多佳子を妊娠させ、学生結婚する。
次の20年後の1988年、祖父や父と同じように教職についている平は、大学の同窓会で20年ぶりに、かつての自治会仲間で、過激派に走った二人の友人、安田と吉江と会う。
安田はかつての過激思想を一変させ、今では証券マンとして羽振りを聞かせて得意の絶頂にあるが、吉江はその後も形を変えて社会の変革の為に闘っており、今は印刷会社の組合委員長として会社と闘争している。
一方、平の息子の学は一流高校に進学したものの成績不振から登校拒否、引きこもりとなっている。
平は、父親のようになるまいと決意していたにもかかわらず、息子に対しては結局同じように向かっており、学の気持を理解しようとしない。
そんな学を理解しているのは、祖母の伸子と母親の多佳子で、平は多佳子の言うなりに学のことを任せてしまう。
30過ぎまで引きこもりが続いていたが、今では介護の仕事についている息子の学が、二人の子持ちのバツイチの女性を結婚相手として連れてきて紹介する。
父親の平はそれなりに理解を示すが、一番の理解者であると思っていた母親の多佳子がそれを受け入れられず、戸惑い、憤っている。
彼の父親もそうであったように平自身も、息子の進路については父親の考えを押し付けがちであったが、こと結婚に関しては、嫁に対してある程度寛容だというのが一般的な姿ではないかと思う。
反面、母親は生き方や進路については息子に寛大でよき理解者であるが、息子の嫁に関しては逆に厳しくなりがちで、この辺の描き方はよく出来ていると思った。
2008年、平が還暦を迎える年。リーマンショック後の金融危機で勤め先の証券会社が破綻し、ローンで建てたばかりの家を手放し、家族とも別れてしまった安田が自殺したその葬式で、久しぶりに吉江とも会う。
吉江は印刷会社を早期退職をし、今では警備員として交通整理の棒振りをするかたわら、貧困家庭の子供の為の炊き出しのボランティア活動に精を出し、そこに生きがいを感じている。
その吉江が、遺族から譲り受けた安田の形見として、平には万年筆、自分には吉本隆明の『共同幻想論』の本をもらったと、平に見せる。
2018年、平は古希を迎える。平の両親の介護で膝を痛めた妻の多佳子のために、息子夫婦との同居を考えるが、学の妻の巧みな弁で結局はそのまま、二人での生活を続けることにする。
平は学生時代、海外留学が夢であったことを話すと、多佳子はそれを実際に行動に起こし、二人はそれから10年、多佳子が亡くなるまで世界中を旅して回るが、この平の古希を迎える誕生日以降は、近未来物語である。
多佳子の葬式の日、血のつながっていない学の息子がLGBT(同性愛者)で、明日、相手の男性を入籍すると妹に話している場面があり、現代の社会現象の鏡の一面を照らし出している。
平の一代記を通して感じたことは、吉江が安田の形見としてもらった吉本隆明の『共同幻想論』から、日本人は常に共同の幻想を抱いてきた、というより、集団で幻想を抱いてまっしぐらに突っ走る民族だという思いと、人の一生もまた幻想に過ぎないという思いであった。
さらに付け加えるならば、祖父の代から息子の嫁の代に至るまで、斎藤家で本当に強かったのは女性であった。
過去から現代に至る社会情勢や家庭(家族)問題のてんこ盛りで、考えさせられることの多い劇でもあった。
劇の主人公、平が、自分と同じ時代を生き抜いてきたという近しさから、一種の懐かしみを感じながら観劇した。
出演は、平に亀田佳明、平の妻多佳子に大野香織、祖父の智夫に関輝雄、父信一に大滝寛、母伸子に潮田朋子など、総勢11名。
上演時間は、途中10分間の休憩を入れて、2時間30分

作/古川 健、演出/高橋正德、美術/乗峯雅寛
9月17日(月)14時開演、信濃町・文学座アトリエ
チケット:(A会員)、座席:A列15番


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