シェイクスピア以外の観劇記録・劇評

 

2017年1月の観劇日記

001 22日(日)14時開演、J-Stage Navi 企画 『スパイに口紅』

作・演出/村田裕子
出演/宮原将護、遠藤綱幸、虎玉大介、桂弘、祁答院雄貴、橘颯、杉山雅紀、高山和之、山田隼平、
菊地真之、検崎亮、弓削郎
花まる学習会王子小劇場、チケット:3500円、全席自由席

【観劇メモ】
J-Stage Navi 「物語が世界を変える」連動支援企画の第一弾とあるが、この劇を観終わった感想は、自分のものの見方の一面を変えるものがあり、その意味において「物語が世界を変える」ことに成功していると言える。
まず劇として面白いだけでなく、史実を土台にしたフィクションとはいえ真実味を感じさせるものがあるところがすごい。
第二次世界大戦を前にした満州を舞台にしていて、小さな劇場、小さな空間でありながら、スケールの大きさを感じさせる劇でもあった。
物語は、満州における昭和通商株式会社という商社を舞台に展開する。
社員はお互いが何をしているか知らないし、また知られないようにもしている。
そんな状況下に日本から片足が不自由な新米社員の坂本(橘颯)が送られて来るが、後になって、最初に赴任してきたときの彼の挨拶に話の辻褄が合わない点があることや不審な行動から、軍部から送られて来たスパイであることに会社の責任者である堀田専務(宮原将護)が気付くが、逆にその立場を利用するためにそのまま使い続ける。
昭和通商の仕事は、日本の為、というより日本の軍部の為、それも陸軍の為資金を稼ぐことにあり、そのために詐欺まがいの取引も辞さず、中古の、役に立たない銃を、ダミーの銃を使って使えるように見せかけ、紛争国に売りつけたりしているが、折しも、売るものも尽きてきて次なる手段が必要となってきている。
そこへ資金調達の為に軍部が昭和通商に麻薬取引の許可証を出す。
満州では麻薬は禁じられており、そのため良質の麻薬が不足している。
軍部は麻薬の管理をしている立場にあるが、裏では特定の人物にその売買を認めてその売り上げの一部を受け取っているようである。
堀田は、軍部の麻薬売買の許可の背後にある遠謀を察知しているために、自分の主義から一旦は麻薬取引のビジネスを断る。
堀田は、元陸軍の優秀な将校であり、上層部の東条との確執から退役したという経歴の持ち主であり、それだけに、名目は日本に不足している資金を稼ぐためとしているが、その実は軍部の上層部の私腹を肥やすためで、東条が総理大臣になるための政治資金のためであることを知っているがゆえに、麻薬取引を拒んだのだった。
しかし、彼は東条が総理大臣になるのを阻止するために、世界的に禁じられている麻薬取引を明るみに出して東条を失脚させることを考え、麻薬取引を引き受ける。
堀田の部下である山口(虎玉大介)が中東のイランで麻薬を調達し、船で上海まで運ぶところまでは成功するが、そこからはスパイ戦が入り乱れていく。
堀田は、麻薬を売買するためのルート確保のため、昭和通商の中国人の使用人リャン(山田隼平)を通じて、女好きの麻薬王リーメイプ(菊地真之)と逢う手立てとして社員の海老沢(祁答院雄貴)が女装して折衝を計る。
海老沢は取引に当たって前金を準備してリーに前金を渡すが、坂本とリャンが示し合わせて鞄を取り換えていたため、トランクを開けると中身はすべて贋金であった。
リーが堀田の仕組んだことだと偽りの話をし、それを聞いた海老沢は堀田を殺そうと、隠し銃で彼を狙う。
舞台はそこで暗転し、完。
坂本だけでなく、日本の官憲に痛めつけられる役までする中国人に扮したリャンまでもが実は日本人で軍部のスパイだっただけでなく、麻薬王のリーも日本人であることが本人の口から明かされる。
ここにきて、すべてが麻薬調達の為に昭和通商を巻き込むために軍部が仕組んだ罠であったことを感じさせる。

その他の昭和通商の社員に、通信員の木原を桂弘、ポンコツ銃を正規の銃として売りさばく剛腕の社員後藤に遠藤綱幸、満州警察官に検崎亮、軍人に弓削郎、昭和通商に入り浸っている民俗学者の岡に杉山雅紀、昭和通商の社員の要望に応えて色々な発明品を持って来る科学所研究員の団に高山和之と、多種多彩な出演者のえんぎが見もの。
この劇の内容を豊かにしているのは、本筋とは外れた二人の人物の登場で、何となく救われる気がする。
また、この劇のタイトル『スパイに口紅』の由来は、最後に女装した海老沢が堀田に銃を向ける前に、隠し銃のキャップに仕込んだ口紅で唇を赤く塗る場面があり、そのタイトルからするとこの海老沢までもスパイであったかと思い、魑魅魍魎とした感に襲われる。
中国語を解さないのでどこまで正確なのか分からないが、中国人に扮した山田隼平と菊地真之の自然な感じの中国語の台詞に感心させられた。
劇の展開では、ぐいぐいと引き付けられていく90分間の舞台で、楽しさを満喫させてもらった。

この劇のチラシの文句にLive Up Casulesとあって、そこには「近現代の日本を軸に、市井に生きる人々を通して今の日本に通じる問題を抉り出す作品。また、多方向に客席を配置しての舞台作りを継続して行っている」とあるが、まさにそのことを感じさせる舞台でもあった。
舞台そのものは、客席が舞台を両側から挟む形となっており、俳優たちは二方向から観客の視線を受けることになっていた。
客席数は百に満たないが、自分が観劇した日は満席であった。

 

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