シェイクスピア以外の観劇記録・劇評

 

2016年5月の観劇日記

009 22日(日)13時、『パーマ屋スミレ』

作・演出/鄭 義信
出演/南 果歩、根岸希衣、村上 淳、千葉哲也、久保酎吉、酒向 芳、朴 勝哲、他
新国立劇場・小劇場、チケット:(B席)3078円、座席:LB列30番

【観劇メモ】

『焼肉ドラゴン』、『たとえば野に咲く花のように』と一緒にして、三部作をなす。
舞台は九州、有明海を望む熊本のとある炭鉱町、その名もアリラン峠という場所の在日の人々の物語。
時代は炭鉱が新しいエネルギー源である石油にとってかわられ、次第に閉山へと廃れていく1960年代。
高度成長期のひずみは一方で水俣病や四日市ぜんそくなどのような公害と、また一方ではこの物語のような炭鉱の落盤事故による一酸化中毒のような災害被害を引き起こし、犠牲になるのはいつも底辺にいる庶民である。
酒向芳が演じる大人になった大吉少年が過去を回想する形で幕開けしていく。
自分が北九州の生まれであることもあって方言への親しみと、三池炭鉱の落盤事故、黒い羽根募金、組合闘争などがあった自分の同時代を振り返ってみるような気持になった。
貧しいなかにもしたたかに生き抜いていくバイタリティと、あっけらかんとして生き様に、重苦しい現実の中にも明るさと笑いを感じさせてくれる。
一酸化炭素中毒患者の悲惨な様子と、被害者であるにもかかわらず、理不尽な差別を受けるのは、水俣病患者などと変わらない。国や政治は、いつも弱者に対して冷たく、理解を示さない。それは今も変わらない。
炭鉱が閉山され、アリラン峠の人々はみなちりぢりになって別れていくのは、この三部作に共通した終わり方でもある。
そしてこの物語の主人公、南果歩が演じるスミは、いつか自分の名前を付けた“パーマ屋スミレ”を持つことを夢見ている。それは絶対叶うことのない望み、希望だとわかっていても、それが生き抜いていくバイタリティの根源となっている。
資本家や政治、国への憤りを感じながら観続けていたので、観終わった時にはどっと重苦しい疲れを感じた。
上演時間:3時間(途中休憩15分間)

 

010 29日(日)14時開演、
      オフィスワンダーランド公演『奇妙なり〜岡本一平とかの子の数奇な航海〜』

作・演出/竹内一郎
出演/岡本高英、松村 穣、本郷小次郎、高橋亜矢、河内哲二郎、吉田 潔、松岡由眞、倉多七与、他
新宿・紀伊國屋ホール、座席:J列9番

【観劇メモ】

オフィスワンダーランド第41回公演、日本奇人伝シリーズの一つとして、漫画家の岡本一平とその妻かの子のロンドン軍縮会議取材のための船旅、箱根丸を舞台にしての上演。
朝日新聞の派遣記者として岡本一平は、妻と長男の太郎、それに妻の愛人二人を伴っての奇妙な船旅である。
一平はこの船旅で妻を殺害することを常に夢想している。
殺害の動機はしばらくの間、サスペンス状態で、そこに一種のミステリー的な面白さを秘めている。
妄想の中で、一平とかの子が一平の深層心理部として現れ、彼の気持ちを代弁した芝居的演技と一平との対話をすることで、一平の心の中にある気持を表象化していき、彼のかの子への殺意の動機をたぐっていく。
この劇は、漫画家岡本一平とその妻かの子の奇妙な愛の関係を描くとともに、貴族院議員二世の赤松とその愛人である芸者まなえ、欧州に自社の時計を売り込もうとする田中時計店の田中半吉とその妻芳江、そしてロンドン軍縮会議に出席するために乗船している武本海軍少将とその妻藤乃という箱根丸の船客の3組の男女のそれぞれの愛の在り様と、一平・かの子らとの愛の在り様が比較されて描き出される。
一平のかの子殺害の気持の動機、原因は、妄想の中で登場する夏目漱石との対話の中で明らかにされてくる。
それは一平がかの子の書き棄てた小説の原稿を見て、その才能を見抜き、彼女がそれで成功すれば自立して一平は捨てられてしまうという恐れから生じたものであった。
一平は漱石の紹介で朝日新聞に入社し、そこで大いなる成功をおさめ、全集を出せば5万部も売れるという売れっ子になって放蕩等生活を送るようになり、そのためにかの子は神経衰弱となり、精神的に苦境に陥った二人は宗教に救いを求め、一平は自分の一生をかの子の為に捧げる決意をし、かの子の愛人二人との同居をも容認し、このロンドン行きにもその愛人二人の費用も一平がもって同行することになったのだった。
一平の殺意は、この二人の愛人への嫉妬からではなく、かの子を失うかもしれないという恐れからで、そのためかの子を殺した後は自分も死ぬつもりであった。
この岡本家の奇妙な恋愛関係に対し、妻のある赤松議員と芸者まなえの愛の在り様、かの子の恋愛関係の乱脈ぶりを非難する仕事一筋の夫を一途に愛する田中時計店の妻の愛、そして親のため、家のために世間も何も知らないままに親の言いなりで一回りも年の離れた海軍少将と結婚した藤乃と、彼女に同情して恋するようになった少将の部下である森下中尉との駆け落ち騒動が起こることで、それぞれの「愛」の在り様が照らし出される。
この複層したプロットがドラマに厚みを加え、岡本一平一家の愛の在り様の「奇妙さ」が一層浮き彫りされていたと思う。
岡本一平を演じる岡本高英の演技を見ていて、3年ほど前にシェイクスピアの『ウィンザーの陽気な女房たち』で彼が演じたフォード役の演技を懐かしく思い出し、今回もその演技を楽しく堪能させてもらった。
板橋演劇センター主宰者の遠藤栄蔵氏が偶然にも隣の席で、しばし話を交わすことが出来たのも別の収穫であった。
上演時間は、休憩なしで2時間10分。

 

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