高木登劇評-アーデンの森散歩道-別館-

 

6月の観劇日記
 
015 5日(木) 劇団俳優座プロデユース公演No.77 『真実のゆくえ』

作/ジェフリー・アーチャー、翻訳/小田島恒志、演出/西川信廣、美術/石井みつる

出演/金内喜久夫、稲野和子、立花一男、児玉謙次、荘司肇、加藤土代子、石川恵彩、他
ダビ・ロメ-ロ、エバ・サンテイアゴ、ルベン・カスターニョ、小島章司、北原志穂、他

俳優座劇場

 

【観劇メモ】

「事実」と「真実」とは異なる。

しかしながら、法廷で裁かれるのは「事実」の実証によってでしかない。

陪審員制度における判決、判断基準は、「合理的な疑い」があれば無罪となるが、合理的な疑いの余地がなければ、たとえ不本意であろうと陪審員は「有罪」の判決を下さねばならない、と裁判長は言う。

このドラマでは、検察側と被告の弁護士(被告は弁護士会会長でもある法廷弁護士であるので、被告自らが弁護士となっている)の論戦を傍聴する観客である我々が陪審員の立場に立たされる。

前半部は、観客が陪審員としてその判決を求められるところで終わる。

正直なところ、この論戦を傍聴する陪審員としての自分には、適確な、あるいは公正な判決を下す自信がない。

第2幕は、その裁判の公判の9ヶ月前とそれから2ヵ月後の事件当夜、そして公判後の、被告人である弁護士の自宅の場面と変わる。

被告の弁護士メトカーフ、金内喜久夫を追い詰める検察側のブース、立花一男の敵役、被告に対する露骨な偏見をむき出しにする家政婦ミセス・ロジャースの加藤土代子、この二人が演じる屈折した心理状況(過去)を感じさせるところがうまい。(ブースはメトカーフとかつてメトカーフの妻の恋敵でもあった。ミセス・ロジャースは暴君であった夫に捨てられた体験から男性に対する強い偏見をもっているようである。)

法廷の場では「事実」だけが積み上げられていったのに対し、そこでは「真実」が提供される。

翻訳者小田島恒志は、原題の'Beyond Reasonable Doubt'を「合理的な疑いの余地なく」として説明されているが、「合理的な疑い=事実」を超えたところにあるもの、それが「真実」であることをこのドラマでは描いていると思う。それゆえに、このタイトルは『真実のゆくえ』と訳されているのだろう。

演出者西川信廣は、来年度から実施される裁判員制度開始を意識してのことではないというが、5月の劇団青年座公演の『評決』と続けて陪審員制度を扱った作品を見ることができ、興味深いものがあった。


016 7日(土) 『オットーと呼ばれる日本人』

作/木下順二、演出/鵜山仁、美術/加藤ちか
出演/吉田栄作(オットーと呼ばれる日本人)、グレッグ・デール(ジョンスン)、ジュリー・ドレフェス(宋夫人) 永島敏行(林)、石田圭祐(瀬川)、鈴木瑞穂(弁護士)、紺野美沙子(オットーの妻)、他


新国立劇場・中劇場

【観劇メモ】

最後の方でほんの少しだけ登場してくるオットーの弁護士を務める役の鈴木瑞穂が重厚で、このドラマの重い響きをしっかりと伝えてくれる。たとえ逆賊であってもオットーの憂国の至情が弁護する気になったのだという彼をして語らしめる台詞が重く響く。鈴木瑞穂の存在感が圧倒的で迫るものがある。ほんのわずかな登場だが、舞台が引き締まって感じる。

途中15分と5分の2回休憩をはさんで3時間40分の上演時間、たっぷりと重厚な重さがある。


人間の記憶の不思議さを反芻させられた。

 
017 14日(土) 新国立劇場・シリーズ同時代 『鳥瞰図』

作/早船聡、演出/松本祐子、美術/島次郎

出演/渡辺美佐子、浅野和之、野村佑香、八十田勇一、弘中麻紀、浅野雅博、佐藤銀平、品川徹


新国立劇場・小劇場

 

【観劇メモ】

早船聡という作家(脚本)の名前はまったく知らなかった。

新国立劇場の「シリーズ・同時代」という糸口がなかったら、今後も出会うことがなかったことを思うと、このシリーズに敬意を払わなくてはならないだろう。

プログラムで早船聡の経歴をみると、2002年に演劇集団円の研修所終了後、05年に劇団サスペンデッズを旗揚げし、同劇団上演作品のすべての作・演出を手がける一方で、俳優としても活躍していると記されている。

開場時間を待つ間、劇場の入り口のテラスのテーブルに座っているとき、となりにやってきた舞台関係者と思しき人物(老年の男性)と連れの中年(?)の女性の会話に、その老年の男性が昔、テレビドラマ『7人の刑事』に関係があったようで、当時生放送であったことの舞台裏など話していたのだが、その彼が今回の舞台は登場してこない人物がむしろ主役で重要だ、というようなことを連れの女性に説明していた。

舞台を見終わってその説明の意味がよく分かったのであるが、そこにこの作家の非凡な才能を感じた。

僕にとって芝居の面白さは、どれだけペイソスとカタルシスを味あわせてくれるかに尽きると思うのだが、それは泣かせるなかにも笑いがあるのが一番で、このドラマはそれを十二分に備えていたように思う。

東京湾の埋め立てという人工的な自然の崩壊をバックにして、三代に渡る釣り船屋の家族の過去を遡る出来事を通じて、家族関係の崩壊、喪失、そして再生、あるいは再出発が描き出される。

娘は母親を許すことなく亡くなってしまった。その娘は、学校を出るとすぐに家出してその後母親との連絡も一切途絶えていた。その娘が交通事故で亡くなってしばらくして、孫娘が突然尋ねてくる。

孫娘も自分の母親との関係がうまくいっていなかったのだが、その事故を契機にして、母親のルーツを探るべく祖母を訪ねてきたのだった。

その孫娘を通して、母と亡くなった娘は和解の道が開かれたような気がする。

それはもはや取り返しがつかないのだけれど。

よくよく気がついてみると、登場人物の家族関係は独身者を除き、全員が離婚や別居、また夫婦関係が危機的状態にあるのだった。

不幸な出来事が続いているようであるが、最後は明るい兆しを感じさせてくれるということで救いを感じる。

プログラムはいつものように800円、それに台本が400円と格安(?)だったので、あわせて買った。

上演時間は休憩なしで2時間5分。


018 19日(木) こまつ座公演 『父と暮らせば』

作/井上ひさし、演出/鵜山仁、音楽/宇野誠一郎、美術/石井強司
出演/辻萬長、栗田桃子

紀伊国屋サザンシアター

 

 

019 23日(月) 加藤健一事務所公演 『レンド・ミー・ア・テナー』

作/ケン・ラドウイッグ、翻訳/小田島雄志・小田島若子、演出/久世龍之介、美術/石井強司出演者/加藤健一、日下由美、有福正志、大島宇三郎、一柳みる、塩田朋子、大峯麻友、横山利彦


下北沢・本多劇場

 

【観劇メモ】

抱腹絶倒、
笑いと笑いの涙で元気をもらう。
平日のマチネ、さすがに若い人はほとんどいない。
それにもかかわらず、ほとんど満席。
前期高齢者と後期高齢者とおぼしき観客がほとんど、そして7割は女性。

 

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