高木登劇評-アーデンの森散歩道-別館-

 

9月の観劇日記
 
029 2日(日)アカデミック・シェイクスピア・カンパニー(ASC)『アンダンテ〜歩く速さで〜』

作・演出/大西伸子
出演/日野聡子、黒崎照、勝木雅子、大西伸子、徳丸恵一、根上尚己、坂口美由紀

西荻窪、遊空間がざびい

【観劇メモ】
日ごろシェイクスピア劇という古典にどっぷりつかっているASCの若手が、2日間3ステージを、等身大の現代劇にチャレンジ。
母子家庭にしてキャリアウーマンの母親「澄子」(坂上美由紀)は、娘3人を残して海外に単身赴任している。娘たちはそれぞれ問題を抱えていて、長女の「雪子」(日野聡子)は出社恐怖症で入社して3日で退職し、今は家事に専念。次女「幸子」は大学生だが、何をしても長続きせず、素質はまったくないのに将来一流のピアニストとなって有名になりたいという願望を持って、今は音大をめざしてピアノレッスンに励んでいる。三女の「良子」(勝木雅子)は高校生で、引きこもり症でゲームに夢中になっている。
そこへ、母親の会社の社員「川田」(徳丸恵一)が一時帰国して、娘たちの様子を見るという名目で尋ねてくる。
エリート社員の川田に雪子は心を引かれるが、実は川田が娘たちを訪ねたのは別の目的があってのこと。
澄子の突然の帰国で、川田が自分の上司である澄子に恋をしていて結婚を考えていたことがわかる。澄子は自分の息子ほどの年齢の川田に考え直させようという意図があって娘たちに会わせたのだった。

このドラマのどんでん返しのようなそのヒネリはちょっと面白いかなと思えないでもないが、それを演じる演技の説得力がいまひとつといった感じでした。今年のASC新人公演の『オセロ』でタイトルロールを演じた徳丸恵一君は、お世辞にもうまいとはいえないのですが、彼の演技が律儀で真っ正直なところがあって、そこのズレがまじめな場面で笑いを誘ってしまいます(実際に、そのシリアスな場面で結構笑い声がありました)。

演技力では概して、3人の姉妹を演じる女性群の方が光った舞台でした。
ASCのメンバー以外に劇団青年座の黒崎照さんが入っていることで、異質の雰囲気を出して効果的だったという面があるかと思いました。


030 4日(火) 流山児事務所公演、観世栄夫「新劇」セレクション 『オッペケペ』

企画/観世栄夫、作/福田善之、演出/流山児祥
出演/河原崎国太郎、町田マリー、さとうこうじ、塩野谷正幸、他

ベニサン・ピット

【観劇メモ】
プレビュー公演で観劇。

初演は44年前で当時の上演時間は4時間であったというが、今回は作者自身の改稿により、休憩なしの2時間半に短縮。前半部は若干硬さがあって何となく親和力に欠けていた気がするが、だんだん盛り上がって、休憩なしの2時間半の上演があっという間に過ぎ去った。本当に元気をもらえるドラマであった。

44年前といえば1960年代。学生運動も盛んで、何よりも学生たちの政治に対する活力があった時代だと思う。

現代の若い世代の政治への無関心とエネルギーの衰退を改めて感じさせる。

このドラマに見られるかつての壮士たちによる壮士劇も政治に対するアジテーションであったが、川上音二郎がモデルの壮士演劇座長の城山剣龍(河原崎国太郎)は、そんなアジテーションとしての壮士劇に飽き足らず、本格的な新しい演劇の道へと踏み出していく。内務卿・鎌田剛道を演じる加地竜也の爬虫類のような、ぬるっとした粘液質的な表情と、台詞回しが印象的であった。


031 16日(日) 新宿梁山泊創立20周年記念企画 [唐版] 『風の又三郎』

作/唐十郎、演出/金守珍
出演/金守珍(風の商人/宮沢先生)、コビヤマ洋一(教授)、大貫(織部)、沖中咲子(エリカ)、黒沼裕己(夜の男)、三浦伸子(桃子)、梶村ともみ(梅子)、他、<武人会より参加>(少年兵・自衛隊員、看護婦・尼)

井の頭公園木もれ日原っぱ(三鷹の森 ジブリ美術館横) 特設紫テント

【観劇メモ】
2003年6月に新宿花園神社で始まった紫テントの旅公演がその後国内各地の公演や、05年の韓国、06年のオーストラリア公演などを経て、井の頭公園に戻ってきた。

その03年の公演をはじめて見たときの熱い興奮をまだ最近のように思い出す。

今回は、その時のキャストと登場人物がかなり異なっている。

03年の公演では、風の商人・宮沢先生を大久保鷹、教授は劇団唐組の鳥山昌克、エリカは近藤結宥花、夜の男はコビヤマ洋一、航空兵には劇団1980が参加。03年にあって今回ない役柄として、大学生(尹秀民)と老婆(渡会久美子)など。今回エリカを演じた沖中咲子は03年には看護婦・尼役であった。個人的な感想としては、エリカは近藤結宥花の方がよかったと思う。また風恵の商人も大久保鷹の印象の方が圧倒的に残っている。

変わっていないのは、織部を演じた大貫誉と桃子、梅子を演じる三浦伸子と梶村ともみ。

乱腐、淫腐、珍腐を演じる3人もまったく変わっていた。それはおそらくこの5年間における劇団のメンバーの退団などの問題が大きく起因しているように思う。

 


032 22日(土) 『アルゴス坂の白い家』

作/川村毅、演出/鵜山仁、美術/島次郎
出演/小林勝也、佐久間良子、小島聖、磯辺勉、中村彰男、有薗芳記、石田圭祐、李丹、山中崇、他

新国立劇場・中ホール

 

【観劇メモ】
ギリシャ悲劇のクリュタイメトラス(佐久間良子)を大女優に、夫アガメムノン(磯辺勉)を映画監督巨匠に、その娘エレクトラ(小島聖)を人気作家に仕立て、神代の時代からの悲劇の連鎖が現代に繰り返されるかに見えるが、現代はギリシャの時代のような情念による復讐は不可能な時代となり、復讐の連鎖は断ち切られる。

現代は、無差別的にして、情念のない殺人の時代となり、アルゴスは、テロの攻略におびえる都市の表象となる。

現在は、神の不在の時代であるとともに、悲劇の共有を喪失した時代であることを感じさせる作品であった。

大女優を演じる佐久間良子はそのまんま、貫禄。エウリピデスを演じる小林勝也やアイギストスを演じる石田圭祐は僕の好きな俳優であるが、期待通り楽しませてくれた。小島聖のエレクトラもパンチがあった。

現代の家族をアレゴリーに入れ子構造としたギリシャ悲劇のもつ壮大さの前に、頭の整理が追いつかない。今、ここでこのドラマの感想を記すにはたっぷりとした時間が必要だ。

上演時間は、途中20分の休憩をはさんで2時間50分。

 


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