高木登劇評-アーデンの森散歩道-別館-

 

7月の観劇日記
 
027 16日(月) 地人会第105回公演 『朝焼けのマンハッタン』

作/斎藤憐、演出・美術/佐藤信
出演/竹下景子(稲垣愛子)、夏八木勲(稲垣幸次郎)、寺田路恵(ヘンリーの母)、松熊信義(陳、中国人の家主)、森一(鶴橋、新聞社の記者)、高田恵篤(佐山、放浪の演出家)、他

紀伊国屋サザンシアター

【感想メモ】
この劇の中で衝撃を受けた台詞。
イタリヤ人やアイルランド人など西洋のアメリカ移民は自由の女神の表(大西洋)から到着したが、日本人や中国人は自由の女神の裏側(太平洋)からアメリカに入ってきたという宿命のせりふ、それを受けて中国人の陳さんが西洋人は日本の表である横浜から入ってきたのに対し、中国人や韓国人は日本に裏側(博多)から入ってきたという。その宿命・・・に目を覚まさせられた。
僕のこの作品に対する感想はこのことで集約されるといっても過言ではないくらいの衝撃であった。
実在した人物をモデルにしたこの作品は、1993年に斎藤憐が地人会のために書き下ろし、木村光一が演出し、その後再演、再再演されて今回8年ぶりの再演で、演出も佐藤信が初めて担当。その佐藤信が新たな再演に当たって、このドラマを劇中の幸次郎と愛子の「夫婦愛」を描き出すことを第一義におき、今新たに再演するその意義を劇中におけるマンハッタンと現代の日本の情勢と重ね合わせてみるとき、新大久保あたりと重なってくることをのべている。
終演後の地人会交流会で発言された観客の一人の方が、この作品のモデルである石垣綾子さんと実際に会われたこともあるという実に身近な過去の物語であるだけに、歴史的なエピソードの興味や関心にも事欠かない。
アメリカという自由を標榜する国家は、多様な人種から成り立っているだけに、その自由を守り抜くために、共通の目的意識をもつこと、それは新聞記者の鶴橋のことばを借りれば、共通の敵をもつことであった。移住のはじめにはアメリカの大自然とアメリカインデイアンという敵、そしてこのドラマの中では、ファッシズムとコミュニズムがアメリカ国民の共有する敵であった。そのようにしてアメリカは絶えず「外敵」を仮想することによって共同体としての形態を保ってきた。
今、この国がいびつな方向に進みつつあるのではないかという不安を考えさせるということだけでも、地人会によってこのドラマが再演されるという意義は非常に強いと思う。


 
 

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