シェイクスピア以外の観劇記録・劇評

 

6月の観劇日記
 

019 25日(日) 加藤健一事務所公演 『木の皿』

作/エドマンド・モリス、訳/小田島恒志、演出/久世龍之介、美術/石井強司
出演/加藤健一、加藤忍、大西多摩恵、有福正志、他

下北沢・本多劇場

【感想】
イギリスでの初演が1954年というからもう半世紀以上前になるが、古いどころかまったく今日的なテーマである。『木の皿』は、加藤健一事務所の公演はこれが二度目で初演は同じく本多劇場で、2003年の5月30日〜6月15日であった。初演では老人ロン役に湯浅実が演じたが、今回は前回ロンの次男グレン・デニソン役の加藤健一が演じた。グレンの妻クララの大西多摩恵、娘のスーザンの加藤忍、そしてロンの友人サム・イエーガー役の有福正志は今回も同一役で出ているが、そのほかは役者が変っている。

木の皿は一つの象徴である。ロンは年取って食器をたえず落としては割ってしまうのでついに木の皿に変えられたのだった。やむ得ない措置といえばそうであるが、食べ物は単なる入れ物で食べるのではなく、やはり器で食べるものである。その器が木の皿であれば味も何も感じないであろう。

ロンは目もかすんで見えなくなってきており、寝タバコの火で家を危うく全焼する寸前だったこともある。グレンの妻はそんなロンに我慢の限界を感じて、夫にロンを老人ホームに入れなければ自分が出て行くと言い出す。そしてその決心を決行するためにシカゴからグレンの兄フロイド(大島宇三郎)を電報で呼び出す。フロイドは16年ぶりに父親と再会し、父親のあまりの変貌にそれが父だと分からなかったほどである。16年ぶりでもフロイドは弟夫婦の電報でかけつけるだけまだ救いがある。グレンの他の二人の兄弟は、グレンが出した40通の手紙に一度の返事もよこさないありさまである。

父親を老人ホームに入れる妻の頼みを一度は受け入れたものの、グレンはとても父親をそんなところへはやれないと決心がゆらぐ。

老人ホーム行きを説得する長男のフロイドに、ロンは子供たちを愛しているかと尋ねる。フロイドは当然のことながら愛していると答え、また子供たちからも愛されていると答える。ロンは子供たちから愛されているとどうしてわかるか、と詰問する。自分もおまえたちを愛した。そしてお互いを見詰め合うだけで分かり合えたと昔を語る。それが今では分からなくなった、という。

親が子供を思う気持はいつまでも変らないが、子供は自分たちの世界がせいいっぱいで、親の気持は本当には理解できないと思う。それは、自分が亡くなった母に対して、今になって感じることである。

生きるとは、ただ永らえることではない。生活のにおい、家族のぬくもりがあってこそ、だと思う。老人ホームで生きながらえても、それは本当に生きたことにはならない。しかし現実はきれいごとではすまないことも確かである。実際に面倒を見なければならないものの苦労は察して余りある。

加藤健一、加藤忍、大西多摩恵、有福正志の演技がそれぞれに持ち味が出ていて、感動的でもあった。

ロンが老人ホームに送られ、忘れていった木の皿を娘のスーザンがもらうというと、クララはそんなものをどうするのかと尋ねる。スーザンはお母さんもいつかは年を取るのよ、とだけ答えてその皿を手に抱えて二階に上がっていく。クララとグレンの夫婦は抱擁し、幕が静かに下ろされる。もうそこでは余分な言葉は不要
 
 

別館目次へ