高木登 観劇日記-2003年の観劇日記別館
 
  新宿梁山泊公演 『唐版・風の又三郎』      2003.06.29
 

〜 甦る伝説の歴史的夢の公演 〜

 今を去る29年前の1974年、東京・夢の島に伝説が生まれた。唐十郎が率いる状況劇場の真紅のテントで、『唐版・風の又三郎』が上演され、その日、当日券の整理券を求める観客が延々5時間も待ちつづけたといわれる。それを観ることができた観客は、歴史的事件の生き証人としての幸福を味わったという。

 その『唐版・風の又三郎』が、29年目にして再び甦った。上演するのは新宿梁山泊、そしてかつて状況劇場で“怪優”といわれた金盾進が、“紫龍テント”で演出する。

 新宿・花園神社には、開演の1時間以上前からすでに当日券を求めての観客が早くも集まっている。テント公演には、鎮守の村祭りの土俗的な風俗と、好奇心を昂揚させる香具師の胡散臭さが漂う。観る前から興奮を誘う雰囲気が醸しだされている。僕は整理券41番で比較的早く入場でき、席は最前列の中央、かぶりつきの席。テントの中は詰め込まれるだけの人を押し込んでいるので、人の息と体熱で、開演前から熱気で溢れている。

 タイトルが示すように、宮沢賢治の『風の又三郎』をモチーフに、自衛隊の練習機を乗り逃げした恋人を探す女エリカ(近藤結宥花)を主軸に物語は展開する。恋人を捜し求めにきたエリカに出会う精神異常の青年織部(大貫誉)は、宮沢賢治の愛読者で、エリカを風の又三郎と信じ込む。エリカをつけ回す「夜の男」(コビヤマ洋一)や、テイタン探偵社の怪しげな男達(劇団唐組の鳥山昌克他)。そして「風」を売ってまわる風商人(大久保鷹)。物語は展開するにつれて錯綜していく。

 そして第2幕の冒頭で、シェイクスピアの『ヴェニスの商人』の「人肉裁判」が繰り広げられる。鹿島灘に墜落死したエリカの恋人から、シャイロックが心臓近くの肉1ポンドを切り取る。死んだ人間からは血は出ない。エリカは恋人のその肉を他人に取られることから守るため、食べてしまう。

 途中2回の休憩を挟んで、3時間半という長時間の上演も、終わってみればあっという間であった。最後の場面は強烈な印象である。前方テントを開放し、エリカと青年織部が手と手を取り合って、本水が放出される舞台装置の御茶ノ水橋を通り抜け、クレーンに吊られた模型の飛行機に乗り込む。

 演劇とはパワーであり、唐十郎の演劇理論「特権的肉体論」の実践と証しを感じさせる舞台である。そして、この伝説的な舞台を観ることができた幸福感にひたった。

 

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